気仙沼のいま 日門海岸界隈 20160313 [東日本大震災]
こんにちは、ヨコミーです。
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
先日の読売新聞に、3.12になるのが辛いという人のことが載っていました。
3.11を過ぎるとマスコミが静かになり、東日本大震災に対する国民の関心が薄れて行くことに対しての不安でした。
でも、ヨコミーはしつこいのです。毎日ではありませんが、納豆は結構食べています。餅も大好き!! 松葉とろろも!!!(^^)!
いや、食べ物の話じゃなかったですね。
何かといえば、つまり、「し」「つ」「こ」「い」のです。ストーカーなのかもしれません(^-^;
まあ、お付き合いください。
朝仕事の資源ごみ回収が地区であり、置いてきた足で日門(ひかど)海岸へ。
バス停から下るとJR気仙沼線の踏切が、震災前はありました。
踏切跡地から西を見ると、 (写真はクリックすると大きくなります)
東を見ると
大津波に洗われ、レールは撤去されました。
すぐ日門海水浴場が見渡せます。 ローカルの小さな海水浴場。でも、シャワーもトイレも無かったような....。 日門海岸の真ん中に小さな島が有り、そこまで堤防が伸びていて、北側は海水浴場、南側は日門漁港になっています。
漁港の西南西に広がる水田は、大津波ですっかりやられたので、整備が進められています。 日曜日なのに、工事の方々が働ています。お疲れさま。
堤防を歩いてみました。振り返ると、小高い丘に蔵が見えます。地元の方に聞いたら、丘の上のお宅は流され、蔵に避難した人も亡くなったとか。合掌。 蔵の左にあるのは、震災後に建てられた竹の集会所。その手前の松は大津波に耐えたものの、マツクイムシにやられているとか。
松の左下には、大津波に耐えたツバキが咲いていました。
堤防を進むと、右手に岩礁が有りました。小さな松の木も、大津波に耐えたと聞きます。
岩礁に立つウミネコは、何を想っているのでしょうか。
先端の小島にはウミネコがたくさん。大津波で赤い鳥居は流されましたが、再建されました。
大谷(おおや)海水浴場方向を見たら、海中に沈んだ瓦礫の浚渫が行われているようです。 ウミネコが並んでいます。
海水浴場の岸方向を見たら、今は使われていないJR気仙沼線のトンネルが見えます。進入禁止の柵も。 トンネルの左上に有ったお宅は、大津波で流されました。 左から、気仙沼の街へ行く赤いバスが走ってきました。 これはBRTといって、大津波で線路が流されたJR気仙沼線の代替輸送。 でも、代替のままになってしまいそう(>_<) 気仙沼市では、鉄路で早く復旧して欲しいとJR側にお願いしてきましたが、JRでは大変なお金が掛かるからと、OKしてくれません。 でも、同じように大津波で鉄路が流された常磐線は、3.11の日に安倍総理が「早く鉄路で復旧させる」とテレビで明言していました。 気仙沼線も常磐線も同じJRの経営なのに、この違い、なんでだす????????????
気仙沼線が不通となり、代替でBRTが走っても、以前仙台までを2時間で結んだ鉄路の快速には遠く及びません。 震災前から、1時間半も一般道を走ってから三陸道に乗る高速バスも出ましたが、所要時間はまだまだ。最近では高速道の渋滞が有ります。 その高速バスだって、朝早い便が無くなりました。運転手不足だとか。復旧工事に取られたのでしょう。 減便の影響で、ある方は、仙台市で午前の会議が有ったとき、本吉から会議に間に合う朝一番の高速バスに乗ろうとしたら、その便は既に無く、仕方なく、更に朝早くBRTで目的地とは反対側の気仙沼へ行き、東北道経由の高速バスで行ったと。 会場で出会った千葉県の方には、仙台まで3時間半も掛かった!!と言われたそうですが、本吉の方は4時間も掛かったとさ。同じ県内なのにねぇ.....。 オシマイオシマイ。地方の、更なる「地方都市」は、本当におしまいになるかもしれない。 総理の優しいお言葉も届けられない、はるか遠く、地の果てだから。政治の空白地帯だからかな?
東を見ると
大津波に洗われ、レールは撤去されました。
すぐ日門海水浴場が見渡せます。 ローカルの小さな海水浴場。でも、シャワーもトイレも無かったような....。 日門海岸の真ん中に小さな島が有り、そこまで堤防が伸びていて、北側は海水浴場、南側は日門漁港になっています。
漁港の西南西に広がる水田は、大津波ですっかりやられたので、整備が進められています。 日曜日なのに、工事の方々が働ています。お疲れさま。
堤防を歩いてみました。振り返ると、小高い丘に蔵が見えます。地元の方に聞いたら、丘の上のお宅は流され、蔵に避難した人も亡くなったとか。合掌。 蔵の左にあるのは、震災後に建てられた竹の集会所。その手前の松は大津波に耐えたものの、マツクイムシにやられているとか。
松の左下には、大津波に耐えたツバキが咲いていました。
堤防を進むと、右手に岩礁が有りました。小さな松の木も、大津波に耐えたと聞きます。
岩礁に立つウミネコは、何を想っているのでしょうか。
先端の小島にはウミネコがたくさん。大津波で赤い鳥居は流されましたが、再建されました。
大谷(おおや)海水浴場方向を見たら、海中に沈んだ瓦礫の浚渫が行われているようです。 ウミネコが並んでいます。
海水浴場の岸方向を見たら、今は使われていないJR気仙沼線のトンネルが見えます。進入禁止の柵も。 トンネルの左上に有ったお宅は、大津波で流されました。 左から、気仙沼の街へ行く赤いバスが走ってきました。 これはBRTといって、大津波で線路が流されたJR気仙沼線の代替輸送。 でも、代替のままになってしまいそう(>_<) 気仙沼市では、鉄路で早く復旧して欲しいとJR側にお願いしてきましたが、JRでは大変なお金が掛かるからと、OKしてくれません。 でも、同じように大津波で鉄路が流された常磐線は、3.11の日に安倍総理が「早く鉄路で復旧させる」とテレビで明言していました。 気仙沼線も常磐線も同じJRの経営なのに、この違い、なんでだす????????????
気仙沼線が不通となり、代替でBRTが走っても、以前仙台までを2時間で結んだ鉄路の快速には遠く及びません。 震災前から、1時間半も一般道を走ってから三陸道に乗る高速バスも出ましたが、所要時間はまだまだ。最近では高速道の渋滞が有ります。 その高速バスだって、朝早い便が無くなりました。運転手不足だとか。復旧工事に取られたのでしょう。 減便の影響で、ある方は、仙台市で午前の会議が有ったとき、本吉から会議に間に合う朝一番の高速バスに乗ろうとしたら、その便は既に無く、仕方なく、更に朝早くBRTで目的地とは反対側の気仙沼へ行き、東北道経由の高速バスで行ったと。 会場で出会った千葉県の方には、仙台まで3時間半も掛かった!!と言われたそうですが、本吉の方は4時間も掛かったとさ。同じ県内なのにねぇ.....。 オシマイオシマイ。地方の、更なる「地方都市」は、本当におしまいになるかもしれない。 総理の優しいお言葉も届けられない、はるか遠く、地の果てだから。政治の空白地帯だからかな?
2016-03-15 23:51
nice!(0)
コメント(0)
トラックバック(0)
コメント 0