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気仙沼湾横断橋展望スポット 気仙沼の今 20211007 [東日本大震災]

 こんにちは、ヨコミーです。
 ここは気仙沼市本吉町風の丘。
 最近ようやく天候が落ち着き、割と晴れるようになりました。ただ先日、ヨコミー奥様のおリュウさんに逃げられ、台所に立って昼食を作っていたとき、ザァーッと雨の音。至急洗濯物を取り入れたかったのですが鍋の都合も有り、外に出るのがちょっと遅れたら、道路はすっかりと雨水が溜まっていました(>_<)
 天気予報では寒くなる寒くなると繰り返して言っていましたが、それほどまだ寒くは無いです。今朝はアメダスに拠れば気温は3℃台でしたが昼間は気温が上がり14℃を超えました。昨日は最高気温が13℃ギリギリでしたが朝が寒くなかった為か、それほど外の寒さは感じませんでした。ただ昨日栗駒山の須川温泉に行った方は雪が積もっていたと話していました。そろそろ山道は冬タイヤが必要です。

 さて、今回は写真が多いです。若干重複している所もありますが、サラッとお進み願いますm(_ _)m
 いつもの事ながら、写真をクリックすると大きくなります。

202110071423 気仙沼湾横断橋と大島大橋 w1024 PA070210.jpg
 こんな感じの橋を見てきました。手前の大きな橋は今年3月に開通した高速の三陸道気仙沼湾横断橋。
 左奥が2019年春開通の、離島・大島を本土と結ぶ県道の大島大橋。橋の右側が大島側。

202110071412 展望スポット駐車場 w1024 PA070169.jpg
 車を駐めたのはここ。正面は防潮堤。その防潮堤に階段があります。気仙沼市鹿折(ししおり)地区(旧・鹿折町)の字名は大浦という所です。
 ところで、ヨコミー奥様・おリュウさんの車が変わりました。赤系ですが、ちょっと暗めに。ガソリン代高騰、太陽光発電売渡し単価の超低価格、災害時への備えという理由で、本当はプラグインハイブリッドにしたかったのですが、手が届きやすいプリウスは屋根が低くて乗り降り時に頭が当たって大変(>_<) 座高の高いヨコミーは禿げになりそう(^_^;) で、仕方なくプラモのような電池自動車(>_<) 太陽光や夜間電力で充電し、貯めた電気を家庭に吐き出す充電機械も頼んだのですが、なんと国の補助金申請が決定まで5ヶ月も要するということで決定待ち(>_<) この時代に5ヶ月なんて、行政相談モノですよね(^_^;) 車の記事は後日に出来れば...。

202110071412 展望スポット w1024 PA070171.jpg
 ということで階段へ進みます。横断橋の展望スポット入り口と書いてあります。夜間照明も有るみたい。

202110071414 p入り口 w1024 PA070173.jpg
 防潮堤に登って右側をぱちり。右の砕石敷が駐車場。真ん中辺りを左右に通っているのが県道大島線が出来る前の旧道。旧道は大島に通じていなかったので何線と言っていたか不詳(>_<) 新しい県道はこの山手に出来ました。中央に見える黄土色の倉庫。その少し左、そしてちょっとだけ上に少しの区間が見えています。

202110071414 岸壁からプラザ w1024 PA070174.jpg
 カメラは更に左へ。右から1/3の辺りが北です。ずーっと奥に見える建物群が、東日本大震災の大津波で300tもの船が打ち上げられた鹿折地区です。鹿折地区も壊滅的な被害を受け、多くの方が亡くなりました。
 以降、ほぼこんな範囲の写真を「広い範囲」とか「広い写真」と称します。広い写真を左回りに撮ってブログ上は縦に並べ、そして各写真の一部拡大をその間に置きます。そんなパターンです。
 写真中央上に何やら鵜かんでいます(^_^;)

202110071415 海鵜 w1024 PA070179.jpg
 海鵜のようです。でも、このホースって海水を吸うやつかなぁ...。調査不足(>_<)

202110071415 鹿折 w1920 PA070180.jpg
 鹿折地区のちょっと拡大です。あっ、左1/4位は気仙沼地区(旧・気仙沼町)。でも左端に見える廃業したホテルの経営者は鹿折の方で、私的にはここまで(^_^;) そのホテルの右上に見える白い針が復興祈念公園。目印です。
 で、もう一つ。右奥の山です。すっとした独立峰が素敵な高判形山(たかはんぎょうさん。432m)。鹿折地区の上手に在り、岩手県盛岡市の北東にそびえる姫神山にその姿が似ていて美しいです。

202110071416 鹿折拡大 w1280 PA070182.jpg
 鹿折地区の街並みをもっと拡大。真ん中から右に伸びている護岸は鹿折川の堤防。河口です。
 手前の建物群は再建された水産加工場。その背後に、頭が揃った何棟かの災害公営住宅が建ち並んでいます。
 こんな姿を見ると、「復興しましたねぇ...」と言う方が居ますが、水平方向から見ているので、空き地の多さは見えません。あの、新規に家を建てられない程に建て込んでいた以前の姿はどこにもありません。住宅が集約されたとしても、地区の人口をみれば人の戻りはまだまだ足りないです。

202110071416 望洋 w1280 PA070183.jpg
 真ん中は広い写真の左端に見えていた、今は廃業したホテル望洋です。ちょっと休んでいた時期もありましたが、震災後までやっていたのですが...。以前に掲載した内湾からの記事では右後ろ側がちょっとだけ写っていましたが、今回は前から。右側のちょっと低い所がバンケットで、忘年会で飲み、二次会へ行く前に下の大浴場へ飛び込む強者もいました(^_^;) 
 ホテル右上がトゲというか針状(^_^;) 震災復興祈念公園です。こういう施設は丘の狭い所に作るんじゃなく、市が買い上げた浸水地の中で、まだ沢山残っている未利用地を使って欲しかった。広い駐車場も出来るでしょうに...(>_<)
 左端に近いとんがり屋根は結婚式場。内湾を見下ろす良い所にあります。その下、海に浮かぶような森には、五十鈴神社が有ります。過日の内湾からの記事にも載っている「お神明さん」。左下角に浮御堂が有り(小さい(>_<)、赤い橋を歩いてホテル望洋の下側へ行けます。ちょっとした公園になっていて、四阿やトイレが有ります。海の上を歩いてみませんか(^_^)v

202110071414 プラザ 魚市場 w1920 PA070175.jpg
 カメラは広い範囲で左隣へ。右端に先程の結婚式場、右上の山は安波山(あんばやま、あんばさん)、山頂左下の白い色の建物は気仙沼プラザホテル、真ん中付近の海沿いから左へ続くのが気仙沼魚市場。真ん中の薄茶色の建物はホテル観洋。
 写真の映りが悪くてすみませんm(_ _)m ヨコミーの技量以上にお天気が悪くて...(>_<)(^_^;)

202110071416 プラザ w1024 PA070184.jpg
 拡大したプラザホテルと安波山方面です。ホテルの右端に見える白いとんがりは、以前はホテルの結婚式場でしたが、最近はお呼ばれや忘年会が無いので不詳(^_^;)
 山頂直下の沢は昔歓楽街で栄えた太田(おおた)。ここに気仙沼の酒蔵の一つである両国ブランドの酒蔵が有ります。ただ、先程紹介した高判形山麓の廃校となった白山小学校を利用して酒蔵が整備され、稼働したと地元紙に載っていましたので、すっかり移転したのか並行して作るのかは不詳(>_<)
 そして拡大のまま左へ。

202110071416 観洋 w1024 PA070185.jpg
 左端がホテル観洋です。その下が魚市場で右側が北東端。ここから裏側に60°程折れ、北桟橋となっています。屋上の三角屋根は四阿。左側の屋上は駐車場になっています。中央の白い建物は魚市場の塔屋?で、下に震災前は魚市場を運営する漁協の出先事務所などが入って居ました。震災で内湾に有った漁協の建物は被災し、後に魚市場の中にすっかりと入ったので、白い建物の中がどうなっているかは不詳。震災前はオンバの義理息子さんや父が世話になった方の息子さん、ヨコミー同級生の旦那さんも居たのですが、もう10年以上も経ち、顔見知りは居ないかも...(>_<)

202110071417 NTT w1280 PA070187.jpg
 拡大分で更に左。市の図書館やNTT方面です。気仙沼小学校は木立の中からちょっとだけ。中学校の建物も右肩部分がちょっとだけ見えます(^_^;)

202110071417 魚市場 w1024 PA070188.jpg
 改修中に被災し、完成まで更に時間が掛かった魚市場の真ん中辺り。クッキングスタジオも整備されましたが最近またPRしているので、利用が少ないのかも知れません。いろんな仕掛けが要りますね。

202110071418 魚市場 w3840 PA070190.jpg
 魚市場岸壁の長さでは同じ県内の石巻魚市場に負けているようですが、それでも結構長く、構図を斜めにしてやっと1コマに収まりました(^_^;) 横幅はフルハイビジョンの倍にしています。すみませんが横にスクロールしてお楽しみ願いますm(_ _)m

202110071420 潮見町 w1920 PA070200.jpg
 広い範囲で更に左をパチリ。魚市場の南側です。凡そ潮見町方面かと。では、拡大に(^_^)v

202110071422 西高 w1280 PA070206.jpg
 上の写真で右から1/4辺りの所を拡大しました。老朽化で立て替えられた市立病院などが見えます。そして左上の山のてっぺん(平ですが)には牧沢の災害公営住宅が見えます。閉校した気仙沼西高の天文台より高い所。
 今日、小話の様なことを聞いてきました。ここに住む人が冬、雪が降ってきたので十分な身支度をして麓に下りてきたら、なんと晴れていた....という笑えない話(>_<) 西高が建つずーっと前のことですが、その東側斜面にはその昔牧沢市営住宅というのが出来、当時は結構山手だなぁ...と思って居ましたが、それが引き金になったか人口増で開発が進み、今では結構な団地となりました。支援学校、特養、高校までも出来ました。でも、やはり山手の気候。この災害公営住宅は更に高い山の上に出来ました。
 気仙沼は確かに平地は少ないです。平地は既に建物が建ち並んでいたり農耕地。といってもあの山より低い所にも森はあったはず。有ります。山の上の災害公営住宅は航空写真で見て頂ければ分かりますが、3つに分かれています。余所の災害公営住宅や防災集団移転の団地を見れば、もっと小規模の団地がありますので「コストが高いから...」とは言わせません。地権者と金額が折り合わなかったのか、それとも公有地?を求めていた為なのかは知りませんが、残念な結果です。知る限りでは山に近い、一番標高が高い団地だと思います。気軽に街へ自転車で出掛けても、電動自転車じゃなければ帰れないかも(>_<) 折り畳んでバスで帰宅? ヨコミーのような変人なら高い所を好みますが、一般の方、特に高齢者には辛かろうと(>_<)
 東南海地震等で津波の恐れがある地域にお住まいの方々は、行政がどのように対応する計画を持っているのか至急確認し、不都合があれば修正して頂きましょう。もし計画等が無い場合は行政のお尻を叩き、万が一のときでも後悔しないようなまちづくりが出来るよう、意見を反映して頂きましょう(^_^)v
 あっ、長くなりました(>_<)

202110071425 保安庁の w1024 PA070219.jpg
 海上保安庁の船です。この辺だけなので大きな船ではありません。

202110071420 朝日町 w1920 PA070199.jpg
 広い範囲で左隣をパチリ。三陸道の気仙沼湾横断橋が見えてきました。朝日町付近です。海面の上にちょっと汚れたコンクリートの防潮堤が見えます。
 左に見える橋脚の左下奥にクレーンが有ります。これは鹿折東海岸に有った造船各社が合併して移転した会社のものです。おかげで市内造船業のほとんどを占めていた会社の多くが鹿折から居なくなりました(>_<)
 ここの土地の多くはこの海を浚渫したときの土砂を埋め立てたと聞きます。ヨコミーが若い頃、皆さんはここを「ナンベー」と呼んでいました。南米?南辺?からの言葉でしょうか、詳細は不詳です。
 写真真ん中、オレンジ色のクレーンが重なっている建物は国の合同庁舎です。大津波で被災したのですが、右隣に有った県の合同庁舎と違って、改修して使っています。その改修でフロアが減ったのか、震災前は1階に有ったハローワークが気仙沼駅南西側の新興地域に、2階に有った法務局は市民会館下に有るNTTビル1階に移転しました。あの大津波がまたやってきたら、法務局は床上浸水するかも知れませんが(>_<)
 ところでご存じでしたか? 震災後に出来た大きな防潮堤は、あの大津波対応じゃないことを(>_<) 地元の日門海岸防潮堤説明会で県の方が話していましたが、整備する(した)防潮堤はより低い宮城県沖地震で発生すると想定されている程度の津波に対応しているようです。お時間がある方はL1(エルワン)防潮堤、L2(エルツー)防潮堤を調べてみてください。出来ることなら、本当は嫌いですが、田中角栄を呼んで来たいです(>_<)

202110071420 橋方向 w1920 PA070198.jpg
 広い範囲で更に左隣です。横断橋に近いので1枚の写真に橋が収まりません(^_^;) 右奥てっぺんに雲が掛かっているのは大島の亀山。小さな橋が大島大橋です。何度も言いますが、大島大橋は震災で作って頂いた橋ではなく、もう何十年も前から地元が要望していた橋です。

202110071425 大島大橋 w1024 PA070218.jpg
 大島大橋の拡大です。朝ドラにもこんな姿が映し出されていました。亀山は画面の左外。雲?霧?の中。左上の平らな部分は小亀山といって、その昔は桜の名所でしたが後に病気で....(>_<)
 今の朝ドラ「おかえりモネ」を見ている方はご存じでしょうけれど、ちょっとした嵐や濃霧で連絡船が欠航し、特に救急が大変でした。また通勤通学にも影響し、夕方欠航した場合は本土の宿に泊まった方も居たようです(>_<)
 そんな不便に思いも馳せずに、勝手な解釈で「橋は震災復興で作ってもらったのに利用が少なくて勿体ない。けしからん」的に思っているお人も居るようで、全く残念でたまりません(>_<) 利用が少ないなら何曜日の何時の撮影か、季節はいつか等々、上っ面の1場面だけじゃなく、その裏側というか真実はどこに有るのか、気にして欲しいです(^_^)v

202110071424 小々汐 w1024 PA070216.jpg
 奥に見えるのが小々汐(こごしお)の入り江。その上にちょっとだけ新しい県道が見えます。大島へ行く道です。昨年春、その道から完成間近の横断橋を撮った写真が過去記事に有ります。
 この地域は尾形一族の地といっても過言ではなく、旧網元の大家(おおいえ)と呼ばれるお宅が取り仕切っていました。このお宅はとても凄い古民家で、大津波でだいぶ傷んだものの、千葉?かの古民家を集めた施設に移築されたようです。

202110071424 小々汐方向 w1280 PA070214.jpg
 広い範囲で更に左へ。この地は蜂ヶ崎と言います。あの大津波が乗り越えたとも聞きます。右1/3辺りに道が見えるのは旧・県道。先程車を置いた駐車場の奥に見えた道がこの鉄塔が立っている丘の直ぐ向こうを通り、右手に続いています。
 ところでこの鉄塔は対岸の朝日町から鹿折へ湾を横断する高圧線の鉄塔です。この辺りは対岸がより近いのです。

202110071424 説明 w1280 PA070211.jpg
 説明板が有りました。地図も載っているのでブログの先に載せようかとも思いましたが、皆様方の想像力に期待し、展望スポットの奥にも有るので最後としました。悪しからずm(_ _)m
 今後は見える風景の写真付き説明板も欲しいですね(^_^)v

 日本は災害が多い国のようです。自分の住む地域にどのような危険性が有り、過去にはどのような災害が有ったか....を学ぶことは大切です。それらをこれからのまちづくりに活かし、減災に役立てて頂ければと思います。各地の災害を学び、こんな災害が起こりやすいから万が一の場合の対策は....等々自治会等で話し合い、それを行政にぶつけ、一緒に対策等を考えて欲しいです。

 おしまいm(_ _)m
 
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SORI

yokomiさん おはようございます。
集まっているのは海鵜にとって休みやすいのでしょうね。初めての景色は魅力的です。
by SORI (2021-10-23 11:36) 

yokomi

 こんにちは、SORIさん。ありがとうございますm(_ _)m
 いつか海鵜の漁を見たような....。向かい側のやや外海に近い辺りでも見ました。見ただけ(>_<) 次回はアップで撮りたいです(^_^)v
 実は昨夜から事件があり、九州へ行った帰路、錦帯橋に立ち寄り傍のソフトクリームを食べられる...と思ったら、24時間過ぎたら事件がしぼんでしまいました(>_<) 最悪骨壺を抱えてのソフトクリームは無いだろうな...と思ったら、その心配も溶けて仕舞いました(^_^;) 今度はゆっくりと計画を立てたいです(^_^)v
by yokomi (2021-10-23 23:35) 

middrinn

雲だか霧だかがかかっていて、雰囲気も出てて、いいですね(^^) 空き地や
未利用地、防潮堤、田中角さんでなくても、岸田派の「番頭格」と言われ、
新総理と親しいとされる小野寺五典に何とかしてもら・・ヘ(__ヘ)☆\(^^;
by middrinn (2021-10-24 14:34) 

yokomi

 こんにちは、middrinnさん。ありがとうございますm(_ _)m
 元・防衛大臣はご立派な方なので、ここは灰汁が強い汚れ役の角さんに白羽の矢を(^_^)v 偉すぎた隣県のオザワーは小さくなったし、後継者は居ないのでしょうか(^_^;)
by yokomi (2021-10-24 22:14) 

JM7XZC

先日,その橋を渡って巨釜,遠野へと行ってきましたよ。
by JM7XZC (2021-10-24 22:33) 

yokomi

 こんにちは、JM7XZCさん。ありがとうございますm(_ _)m
 カッパ探しでしたね(^_^;) 大変お疲れ様です。便利にはなったものの無料高速なので、石巻以北にはトイレの有るパーキングは無く、隣接する道の駅が有り難いです。でもこちらの道の駅までは信号機2つ。お客さんがこれを乗り越えてやってきてくれれば有り難いのですが心配...(>_<)
by yokomi (2021-10-27 00:36) 

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