妖しげな赤銅色 スーパームーンの皆既月食 20210526 [星]
こんにちは、ヨコミーです。
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
季節風が無くなったかなぁ...なんて思っていたら、2日3日前の深夜、短時間ですが凄い風が吹きました(>_<) 小さな前線が通過したのでしょうか。
さて、体調がイマイチです(>_<) なので短編でとし、5月26日夜の皆既月食を取り上げます(^_^;)
☆全ての写真はクリックすると大きくなります。天体を撮影する場合、基本的には写真の上を北極星方向に向けています。皆既月食では影の進み具合が正しく分かります。
まずは目に付く皆既月食中の後半にパチリとしたものを(^_^;)
時は遡って皆既食35分前、19時34分の撮影です。
雲が少なければ部分月食の最初から撮影できたはずでしたが....(>_<)
皆既食9分前、19時51分の撮影です。
皆既食直前、時間的には開始とほぼ同じ時間の20時09分にパチリ。
皆既食中の20時19分、周りの星も写るように露出を多くしました。星が分かりますか? 特に月のすぐ左上の星は間もなく隠される運命(^_^;)
皆既食終了1分後、20時29分撮影です。前のものと比べ、輝いている位置の違いが分かりますか?
実際は地球が作る丸い影の上端辺りを、月が右から左へ動いているのですが、影が左から右へ
動いているように見えます。
皆既食終了36分後、21時04分の撮影です。
皆既食終了50分後、21時18分の撮影です。
皆既食終了1時間10分後、21時38分の撮影です。
今回も市民対象の観望会を開催し、その場での撮影でした。まあ親子たちの世話をしながらですし、しかも雲が多く、ベストショットには遠いです。
観望会は天文普及の1つですが、星を見る楽しさを分かち合うだけではなく、深謀遠慮(^_^;)
人口減が叫ばれて久しいですが、趣味が多様化したためかスマホに押されてデジタル一眼は低迷し、多くのユーザーが読んでいたと思われるカメラ雑誌まで休刊に(>_<) 若い頃、会社の上司が職場に配達させていたカメラ毎日は、時にはヌードも載っていて楽しみでしたが、後に休刊(>_<) その後もずーっと頑張っていたアサヒカメラは昨年休刊(>_<) 長いこと購読していた日本カメラまでも今年4月発売号で休刊に(>_<)
天文はまだまだ広く行き渡っている趣味じゃないと思いますが、今じゃ簡単にネットで宇宙の神秘に触れられる時代(^_^;) これじゃ誰も望遠鏡を買って見ようなんて気にならないでしょう(>_<)
でも実際に自分の目で見たらもっと感動するよ...、大きくなったら望遠鏡を買ってね....、カメラじゃこんなに綺麗に撮れるよ...とばかりにお見せする訳です(^_^;)
皆さんの趣味は大丈夫でしょうか。仲間の数を維持しないとメーカーは道具作りをやめるかも!?
おっとまたまた鼻血が出てきました。迂闊に鼻をかめません(>_<) 先月末から首の表面が時々痺れ、時には扁桃腺から小さな臭い玉(>_<) ちょっと疲れ気味で、そして今はお腹が苦しい...。朝食は普通に食べたのですけど(^_^;) 首についてはCTで診てもらったのですが、頭に出血はありませんでした。来週は定期の通院がありますので、急変しなければそのときの相談です。
今回はもっと短編のはずでした(^_^;)
おしまいm(_ _)m
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
季節風が無くなったかなぁ...なんて思っていたら、2日3日前の深夜、短時間ですが凄い風が吹きました(>_<) 小さな前線が通過したのでしょうか。
さて、体調がイマイチです(>_<) なので短編でとし、5月26日夜の皆既月食を取り上げます(^_^;)
☆全ての写真はクリックすると大きくなります。天体を撮影する場合、基本的には写真の上を北極星方向に向けています。皆既月食では影の進み具合が正しく分かります。
まずは目に付く皆既月食中の後半にパチリとしたものを(^_^;)
時は遡って皆既食35分前、19時34分の撮影です。
雲が少なければ部分月食の最初から撮影できたはずでしたが....(>_<)
皆既食9分前、19時51分の撮影です。
皆既食直前、時間的には開始とほぼ同じ時間の20時09分にパチリ。
皆既食中の20時19分、周りの星も写るように露出を多くしました。星が分かりますか? 特に月のすぐ左上の星は間もなく隠される運命(^_^;)
皆既食終了1分後、20時29分撮影です。前のものと比べ、輝いている位置の違いが分かりますか?
実際は地球が作る丸い影の上端辺りを、月が右から左へ動いているのですが、影が左から右へ
動いているように見えます。
皆既食終了36分後、21時04分の撮影です。
皆既食終了50分後、21時18分の撮影です。
皆既食終了1時間10分後、21時38分の撮影です。
今回も市民対象の観望会を開催し、その場での撮影でした。まあ親子たちの世話をしながらですし、しかも雲が多く、ベストショットには遠いです。
観望会は天文普及の1つですが、星を見る楽しさを分かち合うだけではなく、深謀遠慮(^_^;)
人口減が叫ばれて久しいですが、趣味が多様化したためかスマホに押されてデジタル一眼は低迷し、多くのユーザーが読んでいたと思われるカメラ雑誌まで休刊に(>_<) 若い頃、会社の上司が職場に配達させていたカメラ毎日は、時にはヌードも載っていて楽しみでしたが、後に休刊(>_<) その後もずーっと頑張っていたアサヒカメラは昨年休刊(>_<) 長いこと購読していた日本カメラまでも今年4月発売号で休刊に(>_<)
天文はまだまだ広く行き渡っている趣味じゃないと思いますが、今じゃ簡単にネットで宇宙の神秘に触れられる時代(^_^;) これじゃ誰も望遠鏡を買って見ようなんて気にならないでしょう(>_<)
でも実際に自分の目で見たらもっと感動するよ...、大きくなったら望遠鏡を買ってね....、カメラじゃこんなに綺麗に撮れるよ...とばかりにお見せする訳です(^_^;)
皆さんの趣味は大丈夫でしょうか。仲間の数を維持しないとメーカーは道具作りをやめるかも!?
おっとまたまた鼻血が出てきました。迂闊に鼻をかめません(>_<) 先月末から首の表面が時々痺れ、時には扁桃腺から小さな臭い玉(>_<) ちょっと疲れ気味で、そして今はお腹が苦しい...。朝食は普通に食べたのですけど(^_^;) 首についてはCTで診てもらったのですが、頭に出血はありませんでした。来週は定期の通院がありますので、急変しなければそのときの相談です。
今回はもっと短編のはずでした(^_^;)
おしまいm(_ _)m
山を染めるヤマツツジ群落 南三陸町・田束山編 20210517 [観味良好]
こんにちは、ヨコミーです。
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
風の丘の強風、最近ではいつ吹いたか...(>_<) 痴呆症(^_^;) いや季節の進みが早いためか、既に終わったのかも。いつもなら5月末か6月始め辺りまで時々吹くのですが....。
確かに今年は季節の進み方が早く、スキー場は早く閉まったし、桜も早く咲きましたね。
今になってみれば2つの心配が...。1つは地球温暖化問題(>_<) 2つにはヤマツツジが見頃を過ぎていないか....という超身勝手な心配(^_^;)
近々、我が奥様おリュウさん達の女子会ならぬババァ会で田束山(「たつがねさん」。512m)のヤマツツジを見に行く....とのことで、5月17日、事前調査に行って来ました(^_^;)
先ずは綺麗どころから(^_^;) 山頂駐車場から遊歩道に入って間もなくの所でパチリ。
時間は遡り、旧本吉町を走る高速で南下中にパチリ。一番右端のピークが田束山です。山頂付近がわずかに赤味がかっています。
田束山は合併前の歌津町と本吉町の境にそびえる山です。2つの町は合併でそれぞれ南三陸町と気仙沼市に編入されました。
田束山観光では本吉町でも力を入れ、その昔、山頂南東下に宿泊施設まで建てたのですが間もなく経営難のためか閉鎖し、建物は少し昔に撤去され、今は未舗装の臨時駐車場と化しています。また山頂手前に石像公園を作り、山岳信仰を観光に役立てようとしたのですが、本吉側の道路や駐車場は狭く、整備・管理の不足から田束山観光の主は歌津町側となっています。
歌津ICで下ります。
国道45号をちょっとだけ北上し、そして左折。それから数分で進行方向に田束山が見えてきました。山頂付近はヤマツツジの花で赤く染まっています(^_^)v
山頂の南南西側です。ダム湖途中から右折して登ると10分ほどでこんな景色が見えます。ヤマツツジは左手の牧場方向にも続いています。正面には未舗装の駐車場が有り、そこから山頂駐車場へ遊歩道が延びています。
山頂登り口の駐車場です。歌津側(左側)からの山道はここがピークで、そのまま右へ通り過ぎると本吉町側へ下ります。
右手の建物は水洗トイレで、その右側から山頂へ向かう車道が有ります。しかし山頂駐車場は10台余りしか駐められず、道も狭く、最盛期の週末は駐められない、場合によってはすれ違い出来ずに大渋滞となりますので、ここか先ほどの駐車場へ駐めるのがベスト(^_^)v
直ぐ上の写真を撮って振り向いたら、林の中にお地蔵さんが居ました。
山頂駐車場から南をパチリ。左に開けている細く見える湾が志津川湾です。実際はこんなに細くは無いです。
この日は平日で、しかも天気はイマイチでしたが山頂駐車場は空きが2台のみ。なんとか滑り込みました(^_^)v
見通しは悪いですが、湾奥を拡大しました。右手、湾奥のやや出っ張った所に建つのはホテル観洋。
真ん中やや左は震災前から有った工業団地や町の体育館。震災後は役場や警察が仮庁舎を建てていました。
湾口の拡大です。晴れていれば左上に石巻市に編入された金華山(444m)という島が見えるはずですが...。左端は今人気の神割崎キャンプ場。
凡そ東南東、歌津町方向です。
拡大してみました。奥の岬は国土地理院の地図では歌津崎となっていますが、近くに住む従兄弟達は泊崎とか尾崎と言っていました。
中央左には新しく出来た住宅団地等が広がっています。
更に左の気仙沼・本吉方面です。木々が邪魔で霞も掛かってハッキリとはしませんが、大島や唐桑半島が見えます。
では、山頂へ向かう遊歩道に入ります。天気が良ければ、奥に奥羽山脈の栗駒山(1627m)が見えます。ここから山脈に沈む夕日も格別です。
そして双眼鏡で見る遠くの夜景も(^_^)v JR東北本線の列車や新幹線駅、街並み、交通信号機の点滅等々、そこにどのようなドラマが有るんだろうか....と夜景に引き込まれます(^_^)v
ヤマツツジのトンネルです。
ピークを過ぎていますが、見渡せば綺麗な花が目につきます(^_^)v
山頂付近には経塚が見つかりました。
山頂の直ぐ東側です。山頂まで左へ数m(^_^;) 昨年はこの椅子に座り、オカリナを吹く女性が居ました。絵になる! (^_^)v
北東側、気仙沼沿岸方向です。中央奥の山が、朝ドラ「おかえりモネ」で亀島と言われている大島です。更に向こうの唐桑半島に有る早馬山と重なっているため、山頂が横に広がっているように見えます。
ちょっと右にずれて拡大してみました。中央最も上は唐桑半島、手前が大島。その右端、龍舞崎の更に右には途中で切れた黒い紐状に黒崎島が見えます。その並びのままで左端近くには亀山と早馬山が重なって。左上端の薄い山は岩手県陸前高田市か更に北隣・大船渡市の山かと。
この辺りの高い山に登るといつも思うのですが、三陸道のグニャグニャ。中央やや左で白っぽい色の所は三陸道で、中央やや左下が小泉海岸IC。このICからは左下に向かっているのですが、実はここの麓を通って右へ、そして後ろの歌津町へと....(>_<) 最初からもう少し山手を通してより直線に近くしたり、被災して改修した国道45号に沿わせるとか....(T_T)
カメラを右に振ってパチリ。歌津町の海を見ながら本を読みたいですね(^_^)v
帰りは来た遊歩道を戻っても良いのですが、戻る遊歩道の左手を下ると、山頂駐車場の直ぐ上に出ます。建物は駐車場北に建つ立派な四阿。さあ帰ります(^_^)v
昔ここには歌津町役場で鉄筋コンクリート3階のレストハウスを建て、泊まれる所でも有りましたが、そして本吉側の施設よりも頑張っていたのですが、何年か後に営業は1階の食堂と売店のみと成り、そのうちこれも閉店。暫く使われないで在った建物は、近年四阿に建て替えられました。
田束山観光に夢を託した2町の宿泊施設は時の差はあれ消えてしまいました。ここのウリは360°のパノラマとヤマツツジだけでしたね。本吉町側の石像公園は整備・管理不足ですし、冬道は除雪や融雪が欠かせず、といってスキー場を開設するくらいの積雪量は無く...。
そういえば時代の流行だったのでしょうか、各所で高い所に宿泊所の類が在りました。岩手県一関市室根山中腹の2施設、平泉の北上川向かいにそびえる束稲山山頂付近の施設等々...(>_<)
田束山で若い頃から時々過ごしていたヨコミーにとって、今はとても残念に思います。三陸道が開通しましたし、色々な掛け算でまた夢を見ることは出来ないものでしょうか(^_^)v ここで美味しいモノを食べたい(^_^;)
おおっと、またまた鼻血が出てきました(>_<) 因みに近くには綺麗なお姉さんは居ません(^_^;) 明日も多忙なので寝ます(^_^)v
おしまいm(_ _)m
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
風の丘の強風、最近ではいつ吹いたか...(>_<) 痴呆症(^_^;) いや季節の進みが早いためか、既に終わったのかも。いつもなら5月末か6月始め辺りまで時々吹くのですが....。
確かに今年は季節の進み方が早く、スキー場は早く閉まったし、桜も早く咲きましたね。
今になってみれば2つの心配が...。1つは地球温暖化問題(>_<) 2つにはヤマツツジが見頃を過ぎていないか....という超身勝手な心配(^_^;)
近々、我が奥様おリュウさん達の女子会ならぬババァ会で田束山(「たつがねさん」。512m)のヤマツツジを見に行く....とのことで、5月17日、事前調査に行って来ました(^_^;)
先ずは綺麗どころから(^_^;) 山頂駐車場から遊歩道に入って間もなくの所でパチリ。
時間は遡り、旧本吉町を走る高速で南下中にパチリ。一番右端のピークが田束山です。山頂付近がわずかに赤味がかっています。
田束山は合併前の歌津町と本吉町の境にそびえる山です。2つの町は合併でそれぞれ南三陸町と気仙沼市に編入されました。
田束山観光では本吉町でも力を入れ、その昔、山頂南東下に宿泊施設まで建てたのですが間もなく経営難のためか閉鎖し、建物は少し昔に撤去され、今は未舗装の臨時駐車場と化しています。また山頂手前に石像公園を作り、山岳信仰を観光に役立てようとしたのですが、本吉側の道路や駐車場は狭く、整備・管理の不足から田束山観光の主は歌津町側となっています。
歌津ICで下ります。
国道45号をちょっとだけ北上し、そして左折。それから数分で進行方向に田束山が見えてきました。山頂付近はヤマツツジの花で赤く染まっています(^_^)v
山頂の南南西側です。ダム湖途中から右折して登ると10分ほどでこんな景色が見えます。ヤマツツジは左手の牧場方向にも続いています。正面には未舗装の駐車場が有り、そこから山頂駐車場へ遊歩道が延びています。
山頂登り口の駐車場です。歌津側(左側)からの山道はここがピークで、そのまま右へ通り過ぎると本吉町側へ下ります。
右手の建物は水洗トイレで、その右側から山頂へ向かう車道が有ります。しかし山頂駐車場は10台余りしか駐められず、道も狭く、最盛期の週末は駐められない、場合によってはすれ違い出来ずに大渋滞となりますので、ここか先ほどの駐車場へ駐めるのがベスト(^_^)v
直ぐ上の写真を撮って振り向いたら、林の中にお地蔵さんが居ました。
山頂駐車場から南をパチリ。左に開けている細く見える湾が志津川湾です。実際はこんなに細くは無いです。
この日は平日で、しかも天気はイマイチでしたが山頂駐車場は空きが2台のみ。なんとか滑り込みました(^_^)v
見通しは悪いですが、湾奥を拡大しました。右手、湾奥のやや出っ張った所に建つのはホテル観洋。
真ん中やや左は震災前から有った工業団地や町の体育館。震災後は役場や警察が仮庁舎を建てていました。
湾口の拡大です。晴れていれば左上に石巻市に編入された金華山(444m)という島が見えるはずですが...。左端は今人気の神割崎キャンプ場。
凡そ東南東、歌津町方向です。
拡大してみました。奥の岬は国土地理院の地図では歌津崎となっていますが、近くに住む従兄弟達は泊崎とか尾崎と言っていました。
中央左には新しく出来た住宅団地等が広がっています。
更に左の気仙沼・本吉方面です。木々が邪魔で霞も掛かってハッキリとはしませんが、大島や唐桑半島が見えます。
では、山頂へ向かう遊歩道に入ります。天気が良ければ、奥に奥羽山脈の栗駒山(1627m)が見えます。ここから山脈に沈む夕日も格別です。
そして双眼鏡で見る遠くの夜景も(^_^)v JR東北本線の列車や新幹線駅、街並み、交通信号機の点滅等々、そこにどのようなドラマが有るんだろうか....と夜景に引き込まれます(^_^)v
ヤマツツジのトンネルです。
ピークを過ぎていますが、見渡せば綺麗な花が目につきます(^_^)v
山頂付近には経塚が見つかりました。
山頂の直ぐ東側です。山頂まで左へ数m(^_^;) 昨年はこの椅子に座り、オカリナを吹く女性が居ました。絵になる! (^_^)v
北東側、気仙沼沿岸方向です。中央奥の山が、朝ドラ「おかえりモネ」で亀島と言われている大島です。更に向こうの唐桑半島に有る早馬山と重なっているため、山頂が横に広がっているように見えます。
ちょっと右にずれて拡大してみました。中央最も上は唐桑半島、手前が大島。その右端、龍舞崎の更に右には途中で切れた黒い紐状に黒崎島が見えます。その並びのままで左端近くには亀山と早馬山が重なって。左上端の薄い山は岩手県陸前高田市か更に北隣・大船渡市の山かと。
この辺りの高い山に登るといつも思うのですが、三陸道のグニャグニャ。中央やや左で白っぽい色の所は三陸道で、中央やや左下が小泉海岸IC。このICからは左下に向かっているのですが、実はここの麓を通って右へ、そして後ろの歌津町へと....(>_<) 最初からもう少し山手を通してより直線に近くしたり、被災して改修した国道45号に沿わせるとか....(T_T)
カメラを右に振ってパチリ。歌津町の海を見ながら本を読みたいですね(^_^)v
帰りは来た遊歩道を戻っても良いのですが、戻る遊歩道の左手を下ると、山頂駐車場の直ぐ上に出ます。建物は駐車場北に建つ立派な四阿。さあ帰ります(^_^)v
昔ここには歌津町役場で鉄筋コンクリート3階のレストハウスを建て、泊まれる所でも有りましたが、そして本吉側の施設よりも頑張っていたのですが、何年か後に営業は1階の食堂と売店のみと成り、そのうちこれも閉店。暫く使われないで在った建物は、近年四阿に建て替えられました。
田束山観光に夢を託した2町の宿泊施設は時の差はあれ消えてしまいました。ここのウリは360°のパノラマとヤマツツジだけでしたね。本吉町側の石像公園は整備・管理不足ですし、冬道は除雪や融雪が欠かせず、といってスキー場を開設するくらいの積雪量は無く...。
そういえば時代の流行だったのでしょうか、各所で高い所に宿泊所の類が在りました。岩手県一関市室根山中腹の2施設、平泉の北上川向かいにそびえる束稲山山頂付近の施設等々...(>_<)
田束山で若い頃から時々過ごしていたヨコミーにとって、今はとても残念に思います。三陸道が開通しましたし、色々な掛け算でまた夢を見ることは出来ないものでしょうか(^_^)v ここで美味しいモノを食べたい(^_^;)
おおっと、またまた鼻血が出てきました(>_<) 因みに近くには綺麗なお姉さんは居ません(^_^;) 明日も多忙なので寝ます(^_^)v
おしまいm(_ _)m
気仙沼早見(^_^)v 三陸道の湾横断橋開通 上り線編 20210308 [観味良好]
こんにちは、ヨコミーです。
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
風は毎日のように強いです(>_<) ミシッ、ミシッと(T_T)
昨日5月10日も天気が割と良いのに強い風(>_<) 夕方、地方のテレビに出ていた気象予報士は「青嵐」と話していました。
このシリーズ「下り線」編でも書きましたが、また先日も地震が有り、ちょっとした活動期かな?と。先日のは震度5弱で、2月3月と大きめな地震が続いた中では唯一破損が有った地震でした。
ヨコミー家は棚の上に色々と載せて置くのですが、ガラスのやや厚いコップに入った飾り物1個が数十センチ下の木床に落ち、結構欠けてしまいました(>_<) 破損はそれだけで、他はこけしやビデオテープ等があちこちで落ちた程度。
飾り戸棚の上に扇風機を載せていたのですが、これは仕舞い忘れじゃなく、窓側の高い所に溜まった暖気を台所へ送るつもりで置いていたのですが、これは落ちませんでした(^_^;)
そしてやはり、一つの可動軸を北極星に向けていた天体望遠鏡もずれ、とりあえず仮修正しました。
今年に入って3回発生した地震の間隔からして、次は6月前半にも!?...と素人は考えているのですが、世の中も土の中も、そう単純に....いったら拍手喝采(^_^;) そのときは地震についてもっと勉強します(^_^)v
さて、3月6日に開通した三陸道の気仙沼湾横断橋を2日後の8日に通った渡った記事の続きで、これで終わりです。
☆各写真はクリックすると大きくなります。まあ、大きくしたからって見栄えが良くなることはありませんが、お試しをm(_ _)m
大島大橋の南端を見て、帰路の県道を北上していましたが、インター入り口に来ましたので右折(東進)します。
写真の左端、横断歩道有りの看板下方に見える台形の山は、岩手県一関市、旧・室根(むろね)村の室根山895m。その右、ダンプカーの向こうは安波山(あんばさん、あんばやま)ですが木の陰で良くは見えません。反対車線を走る軽ワゴン車の上は鍋越山。
右折しました。右奥を走るのが三陸道。浦島大島インターです。
大島は伊豆の大島じゃなく、気仙沼の大島なのですが、ここに浦島という「島」は有りません。
「浦島」とは、一般的には浦島太郎の「浦島」ですね(^_^;) しかし、この地に浦島伝説が伝わっていたとは聞きません。
大好きな広辞苑が埋もれてしまい(^_^;)国語的意味はハッキリしませんが、「浦」とは「港」や「浜」「入り江」を指すのかと。
この辺りの総称は、古い人は「四ケ浜」と呼ぶほど小さな港は有るのですが、「島」とは??? 決して「大島」のことではないと思うのです。インターの少し南に在った、震災による人口減で廃校となった浦島小学校は、大島までカバーしていませんでしたし...。
などと考えていると、いつまでも帰宅できないので、宿題(>_<) いつまでかな(^_^;) いつか村史でも見てみます。
本線との合流部です。この先が仙台へ通じます。
本線は1車線なので、本線に隙間が有ったら直ぐ入ります。もたもたしていると本線の後ろから吹っ飛ばしてくる車も居て事故の原因となったり、合流できず左側の車線で止まって何台もやり過ごさなくては成らなくなるからです(^_^;)
事故防止の観点から、合流部だけでも2車線にして欲しかった....(>_<) ヨコミーは人柱になりたくない(^_^;)
橋を吊る主塔に近付きました。進行方向は南南西と南西の間辺り。あっ、先ほどから逆光です(>_<)
四ケ浜方面です。といっても道の都合上、写っているのは小々汐の南部と梶ケ浦の一部ですが(^_^;)
写真左から中央やや右まで海岸線に白く防潮堤が見えている辺りが小々汐の南部。主たる入り江は写真左の外です(>_<) 昨年5月5日付け、気仙沼湾横断橋を取り上げた記事の最初から5枚めまでがそうです。左側の網の目が見える崖は以前からの崖で、斜面の補強工事が行われたようです。下の海との狭い間を県道が走っていました。その右隣は大島大橋の開通に併せて県道の改良が行われ、渚の傍から大津波が来ても安心な山の上へ移った事による切り土。この裏手に浦島小学校が在りました。
浦島小学校はそれでなくても小規模校でした。しかし、震災でも校舎は大丈夫だったものの、児童の家庭が大きく被害を受け、多くの児童宅が他の学区に行くことに。多くの子等が戻ってこず、廃校となりました(>_<)
いつか行った紀伊半島沿岸部も似たような地形で、大きな津波が来たら町の存続自体が心配されることに...(>_<) 今からでも住宅の立て替えを高台に誘導したり、万里の長城に負けないような防潮堤を作るなど、早急な取り組みが必要です。
防潮堤が途切れた辺りから右端の大島大橋下までが梶ケ浦で、突堤や防潮堤が少しだけ見えます。
カメラは右側へ。
右手です。これもハイビジョンサイズ(^_^;) 左の山は大島の亀山234m。亀山の下、大島大橋の下までが本土側、鹿折(ししおり)地区の梶ケ浦。左手前は気仙沼地区南端、朝日町の石油油槽所や冷凍冷蔵庫、造船会社。大小クレーンの左で、海に突き出している構造物は船を揚げる所。昔のような滑り台は無くなったと聞きます。
造船会社のクレーンが見えますが、その向こう、水平線に張り付くように見えるのが階上地区の岩井崎です。具体的にはクレーンの左側。ちょっと黒っぽく広がっているのは黒松等の林。クレーンの奥が内沼や瀬向辺り。クレーン右側奥には震災遺構となった旧宮城県向洋高校の校舎も見えるはずですが、イマイチハッキリしません(>_<)
ところで、クレーンと右端に近い所にあるこんもりとした森の中間辺りで、そのずーっと奥に霞んだ、やや潰れた三角の山が見えます。これは石巻市東に在る牡鹿半島の先端に位置する信仰の島・金華山444mです。ほぼ真南、約65km先です。
向こうに見えていた大島大橋です。このシリーズ中「大島大橋から」編は、写真右端で手前側に有る駐車場に車を駐めての撮影でした。
左下には梶ケ浦の漁港が移っていますが、奥までは...(>_<)
造船所の裏手です。左の白い建物は冷凍工場、右手の中程で白いタンクが並んでいるのは油槽所。震災前はもっと多くありましたが、今は5つだけ。不思議。流通が変わったのでしょうか。タンクの左は水産加工組合の施設。それらを除いた多くの施設は震災後に1つに束ねられた新しい造船所です。
先ほどのインターは四か浜の一つ・大浦にあり、その中程から北隣の浪板、それは鹿折川の河口付近ですが、そこまで造船所が広がっていました。もちろん海に面していたので大津波で甚大な被害を受け、各社再建を目指していましたが、国のお金を頂いて向こう岸に1つの会社として集約したものです。
横に延びるパイプが邪魔ですが、中央やや右に2隻がこっちを向いています。艦首の波を切る辺りが見えます。
ほんの少しだけ過ぎ松岩地区に入りました。大川の河口が見えます。中央下の突堤から左手、タンクがある岸との間です。
ヨコミーはアサリとシジミの違いが分からない男ですが(>_<)季節になると河口の中では小舟に乗った漁師が川底からアサリかシジミ(^_^;)をすくっていましたし、突堤の右側ではお金を支払って潮干狩りが行われていました。っつうことは稚貝を放流していたのでしょうね。
タンクの右奥、向こう岸には梶ケ浦の漁港が見えますが、イマイチハッキリしません(>_<)
ところで、右下隅に小さく見える看板「SAITO」は、昨年7月で閉店した菓子舗サイトウです。ヨコミーは震災前、仕事で3年ほど薄いお付き合いがありました。
元々は気仙沼地区(旧・気仙沼町)南町の振商会通りに有り、それから中心市街地活性化のため、閉店して暫く空いていた小さなスーパーに談話が出来るお菓子屋さんとして入居。ところが間もなく東日本大震災が発生し、大津波がこの店にも押し寄せました(>_<)
失意の店主ではありましたが、その後海沿いですがあの大津波も及ばない小高いこの地にお菓子屋さん兼レストランを再建。しかし残念ながら、ヨコミーもたまに行っていたのですが閉店...(>_<) 美味しいし値段も妥当と思ったのですが、時代より先を行ってしまったのか、交通がやや不便でした。間もなく横断橋の一部下を通って川向かいとを結ぶ橋が完成すれば、交通の利便はかなり良くなるはずなのに....(>_<)
海を見ながら二人で食事を楽しんだり、ひとりボーッと海を眺めてコーヒーを啜ってもいい場所だと思うのですが、気仙沼には景色にこだわる好き者が少ないのでしょうね。因みに新市街地にあるお高そうなレストランは、いつもおばさまたちでいっぱい(^_^;) ヨコミーはレジ近くに有る品を買って帰るだけですが(>_<)
そういえば市内の大きな道路沿いに有った輸入雑貨から美味しいお米まで扱う洒落た店は、これまた閉店しました(>_<) SAITOさん同様、「気仙沼の時代」が付いてこなかったのか、地方の、更に地方の小都市では好き者の人口が少なくて、商売が成り立たなかったのでは....と勝手な推測(>_<)
なぁーんて思っている内に場面は進みます(^_^;)
右下菓子舗サイトウの辺りからパチリ。先ほどより左側が広く写っています。湾の向こう岸、クレーンの右に見える丘に建つのは、閉校した浦島小学校南西側斜面に建つ新しい家々。被災して海辺から上がってきたお宅。ヨコミーが仕事で小学校へも行っていた頃は斜面に4戸程度でしたが。クレーン先端の真下で、木々の間から途切れながらも左右に広がって見えているのが校舎だと思います。
写真中央下のやや左にある白く広い壁の建物は下水道処理場。クレーンの手前側まで続きます。あの震災時、手伝っていた避難所では水洗トイレが使えず、とても大変でした。
今後東日本や西日本の太平洋側では規模がとても大きい地震が発生すると予測され、大津波が発生すると心配されていますが、沿岸部の都市では下水処理を結構海の近くで行っている所が多いかと。
沿岸部で下水道を利用している方は、自分のまちではどういう対策がなされているか確認され、もし対策を取っていなかったら明日からでも行政の尻を一生懸命に叩かなければならないかと(>_<)
いやいや、我が家はマンションの上層階だから津波なんて関係ないよ...とお思いのあなた、処理場が壊れれば流入は止められます。下水管も壊れたり土砂で中が埋まる可能性も。なのでそんな状況でも流し続けると、お近くのマンホールから糞尿が溢れ出て、「田舎の香水」が漂うことに(>_<)
じゃあ仮設トイレを...とお思いのあなた、仮設トイレの数には限りが有り、大至急の増産も大変かと。更に沿岸どこのまちでも処理場が被災すると仮設トイレの争奪戦に(>_<)
無事に数が足りたとしても、今まで無かった糞尿の量を、いったいどこで処理できるのでしょうか。水洗化が進んだ所ほど、糞尿の処理場は無いかも(>_<) 仮に我がまちに有ったとしても被災したり、大量に増えた糞尿を果たして処理できるでしょうか?
困って内陸側の自治体へ処理を依頼するとしても、多少は受け入れてもらえるでしょうけれど、どこでも余力のある処理はしていないかと。そうなると、仮設トイレがあっても汲み取ってもらえず、溢れそうで使えない事態にも(>_<)(>_<)
快適なトイレライフをいついかなる時でも最大限維持するため、沿岸部に住む下水道利用者の方は下水処理場の災害対策が十分か否か至急確かめ、不十分なら地域を巻き込んで行政のお尻を大至急叩きましょう(^_^)v
あっ、因みにヨコミー家は田舎なので下水道の区域からかなり外れています。なので合併浄化槽を設置していて、更には仮設トイレも1基、西日が当たらない所に置いています(^_^)v ん?、お掃除(>_<)
あっ、またまたいろんな事を考えてしまいました。でも運転手じゃなかったのが幸い(^_^;)
気付いたらもう橋は終わり、こんな標識が。
でもここは左から上り線に合流する気仙沼港インターです。ここでは下りられない、仙台向きのハーフインター。なので青森・岩手から南下して気仙沼魚市場へ行きたい....と思って横断橋を渡っても、更に1つ先の、1.2km先の中央インターまで進んで下の道を戻ってこないと市街地や魚市場へ行けないという不便な作り(>_<)
これは先ほど高速道に乗った浦島大島インターも同様の仙台向きで、青森・岩手から南下して大島へ行くお客さんは大島の名が付くインターでは下りられず、1つ北側のインターで下りなければ成りません(>_<)
あの震災によって「復興道路」と位置づけられ、何が何でも予定通り開通させるんだ...と言わんばかりに配慮・熟慮は二の次として、急がせられたのでしょう。今からでも不便や迷惑な作りを直して欲しいものです。与党を支持する建設業界にも予算が行くことでしょうから(^_^;)
あっ、明日も多忙なので寝ます(>_<) ヨコミー奥様のおリュウさんはお仕事(^_^)v 鬼の居ぬ間に洗濯です(^_^;)
おしまいm(_ _)m
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
風は毎日のように強いです(>_<) ミシッ、ミシッと(T_T)
昨日5月10日も天気が割と良いのに強い風(>_<) 夕方、地方のテレビに出ていた気象予報士は「青嵐」と話していました。
このシリーズ「下り線」編でも書きましたが、また先日も地震が有り、ちょっとした活動期かな?と。先日のは震度5弱で、2月3月と大きめな地震が続いた中では唯一破損が有った地震でした。
ヨコミー家は棚の上に色々と載せて置くのですが、ガラスのやや厚いコップに入った飾り物1個が数十センチ下の木床に落ち、結構欠けてしまいました(>_<) 破損はそれだけで、他はこけしやビデオテープ等があちこちで落ちた程度。
飾り戸棚の上に扇風機を載せていたのですが、これは仕舞い忘れじゃなく、窓側の高い所に溜まった暖気を台所へ送るつもりで置いていたのですが、これは落ちませんでした(^_^;)
そしてやはり、一つの可動軸を北極星に向けていた天体望遠鏡もずれ、とりあえず仮修正しました。
今年に入って3回発生した地震の間隔からして、次は6月前半にも!?...と素人は考えているのですが、世の中も土の中も、そう単純に....いったら拍手喝采(^_^;) そのときは地震についてもっと勉強します(^_^)v
さて、3月6日に開通した三陸道の気仙沼湾横断橋を2日後の8日に通った渡った記事の続きで、これで終わりです。
☆各写真はクリックすると大きくなります。まあ、大きくしたからって見栄えが良くなることはありませんが、お試しをm(_ _)m
大島大橋の南端を見て、帰路の県道を北上していましたが、インター入り口に来ましたので右折(東進)します。
写真の左端、横断歩道有りの看板下方に見える台形の山は、岩手県一関市、旧・室根(むろね)村の室根山895m。その右、ダンプカーの向こうは安波山(あんばさん、あんばやま)ですが木の陰で良くは見えません。反対車線を走る軽ワゴン車の上は鍋越山。
右折しました。右奥を走るのが三陸道。浦島大島インターです。
大島は伊豆の大島じゃなく、気仙沼の大島なのですが、ここに浦島という「島」は有りません。
「浦島」とは、一般的には浦島太郎の「浦島」ですね(^_^;) しかし、この地に浦島伝説が伝わっていたとは聞きません。
大好きな広辞苑が埋もれてしまい(^_^;)国語的意味はハッキリしませんが、「浦」とは「港」や「浜」「入り江」を指すのかと。
この辺りの総称は、古い人は「四ケ浜」と呼ぶほど小さな港は有るのですが、「島」とは??? 決して「大島」のことではないと思うのです。インターの少し南に在った、震災による人口減で廃校となった浦島小学校は、大島までカバーしていませんでしたし...。
などと考えていると、いつまでも帰宅できないので、宿題(>_<) いつまでかな(^_^;) いつか村史でも見てみます。
本線との合流部です。この先が仙台へ通じます。
本線は1車線なので、本線に隙間が有ったら直ぐ入ります。もたもたしていると本線の後ろから吹っ飛ばしてくる車も居て事故の原因となったり、合流できず左側の車線で止まって何台もやり過ごさなくては成らなくなるからです(^_^;)
事故防止の観点から、合流部だけでも2車線にして欲しかった....(>_<) ヨコミーは人柱になりたくない(^_^;)
橋を吊る主塔に近付きました。進行方向は南南西と南西の間辺り。あっ、先ほどから逆光です(>_<)
四ケ浜方面です。といっても道の都合上、写っているのは小々汐の南部と梶ケ浦の一部ですが(^_^;)
写真左から中央やや右まで海岸線に白く防潮堤が見えている辺りが小々汐の南部。主たる入り江は写真左の外です(>_<) 昨年5月5日付け、気仙沼湾横断橋を取り上げた記事の最初から5枚めまでがそうです。左側の網の目が見える崖は以前からの崖で、斜面の補強工事が行われたようです。下の海との狭い間を県道が走っていました。その右隣は大島大橋の開通に併せて県道の改良が行われ、渚の傍から大津波が来ても安心な山の上へ移った事による切り土。この裏手に浦島小学校が在りました。
浦島小学校はそれでなくても小規模校でした。しかし、震災でも校舎は大丈夫だったものの、児童の家庭が大きく被害を受け、多くの児童宅が他の学区に行くことに。多くの子等が戻ってこず、廃校となりました(>_<)
いつか行った紀伊半島沿岸部も似たような地形で、大きな津波が来たら町の存続自体が心配されることに...(>_<) 今からでも住宅の立て替えを高台に誘導したり、万里の長城に負けないような防潮堤を作るなど、早急な取り組みが必要です。
防潮堤が途切れた辺りから右端の大島大橋下までが梶ケ浦で、突堤や防潮堤が少しだけ見えます。
カメラは右側へ。
右手です。これもハイビジョンサイズ(^_^;) 左の山は大島の亀山234m。亀山の下、大島大橋の下までが本土側、鹿折(ししおり)地区の梶ケ浦。左手前は気仙沼地区南端、朝日町の石油油槽所や冷凍冷蔵庫、造船会社。大小クレーンの左で、海に突き出している構造物は船を揚げる所。昔のような滑り台は無くなったと聞きます。
造船会社のクレーンが見えますが、その向こう、水平線に張り付くように見えるのが階上地区の岩井崎です。具体的にはクレーンの左側。ちょっと黒っぽく広がっているのは黒松等の林。クレーンの奥が内沼や瀬向辺り。クレーン右側奥には震災遺構となった旧宮城県向洋高校の校舎も見えるはずですが、イマイチハッキリしません(>_<)
ところで、クレーンと右端に近い所にあるこんもりとした森の中間辺りで、そのずーっと奥に霞んだ、やや潰れた三角の山が見えます。これは石巻市東に在る牡鹿半島の先端に位置する信仰の島・金華山444mです。ほぼ真南、約65km先です。
向こうに見えていた大島大橋です。このシリーズ中「大島大橋から」編は、写真右端で手前側に有る駐車場に車を駐めての撮影でした。
左下には梶ケ浦の漁港が移っていますが、奥までは...(>_<)
造船所の裏手です。左の白い建物は冷凍工場、右手の中程で白いタンクが並んでいるのは油槽所。震災前はもっと多くありましたが、今は5つだけ。不思議。流通が変わったのでしょうか。タンクの左は水産加工組合の施設。それらを除いた多くの施設は震災後に1つに束ねられた新しい造船所です。
先ほどのインターは四か浜の一つ・大浦にあり、その中程から北隣の浪板、それは鹿折川の河口付近ですが、そこまで造船所が広がっていました。もちろん海に面していたので大津波で甚大な被害を受け、各社再建を目指していましたが、国のお金を頂いて向こう岸に1つの会社として集約したものです。
横に延びるパイプが邪魔ですが、中央やや右に2隻がこっちを向いています。艦首の波を切る辺りが見えます。
ほんの少しだけ過ぎ松岩地区に入りました。大川の河口が見えます。中央下の突堤から左手、タンクがある岸との間です。
ヨコミーはアサリとシジミの違いが分からない男ですが(>_<)季節になると河口の中では小舟に乗った漁師が川底からアサリかシジミ(^_^;)をすくっていましたし、突堤の右側ではお金を支払って潮干狩りが行われていました。っつうことは稚貝を放流していたのでしょうね。
タンクの右奥、向こう岸には梶ケ浦の漁港が見えますが、イマイチハッキリしません(>_<)
ところで、右下隅に小さく見える看板「SAITO」は、昨年7月で閉店した菓子舗サイトウです。ヨコミーは震災前、仕事で3年ほど薄いお付き合いがありました。
元々は気仙沼地区(旧・気仙沼町)南町の振商会通りに有り、それから中心市街地活性化のため、閉店して暫く空いていた小さなスーパーに談話が出来るお菓子屋さんとして入居。ところが間もなく東日本大震災が発生し、大津波がこの店にも押し寄せました(>_<)
失意の店主ではありましたが、その後海沿いですがあの大津波も及ばない小高いこの地にお菓子屋さん兼レストランを再建。しかし残念ながら、ヨコミーもたまに行っていたのですが閉店...(>_<) 美味しいし値段も妥当と思ったのですが、時代より先を行ってしまったのか、交通がやや不便でした。間もなく横断橋の一部下を通って川向かいとを結ぶ橋が完成すれば、交通の利便はかなり良くなるはずなのに....(>_<)
海を見ながら二人で食事を楽しんだり、ひとりボーッと海を眺めてコーヒーを啜ってもいい場所だと思うのですが、気仙沼には景色にこだわる好き者が少ないのでしょうね。因みに新市街地にあるお高そうなレストランは、いつもおばさまたちでいっぱい(^_^;) ヨコミーはレジ近くに有る品を買って帰るだけですが(>_<)
そういえば市内の大きな道路沿いに有った輸入雑貨から美味しいお米まで扱う洒落た店は、これまた閉店しました(>_<) SAITOさん同様、「気仙沼の時代」が付いてこなかったのか、地方の、更に地方の小都市では好き者の人口が少なくて、商売が成り立たなかったのでは....と勝手な推測(>_<)
なぁーんて思っている内に場面は進みます(^_^;)
右下菓子舗サイトウの辺りからパチリ。先ほどより左側が広く写っています。湾の向こう岸、クレーンの右に見える丘に建つのは、閉校した浦島小学校南西側斜面に建つ新しい家々。被災して海辺から上がってきたお宅。ヨコミーが仕事で小学校へも行っていた頃は斜面に4戸程度でしたが。クレーン先端の真下で、木々の間から途切れながらも左右に広がって見えているのが校舎だと思います。
写真中央下のやや左にある白く広い壁の建物は下水道処理場。クレーンの手前側まで続きます。あの震災時、手伝っていた避難所では水洗トイレが使えず、とても大変でした。
今後東日本や西日本の太平洋側では規模がとても大きい地震が発生すると予測され、大津波が発生すると心配されていますが、沿岸部の都市では下水処理を結構海の近くで行っている所が多いかと。
沿岸部で下水道を利用している方は、自分のまちではどういう対策がなされているか確認され、もし対策を取っていなかったら明日からでも行政の尻を一生懸命に叩かなければならないかと(>_<)
いやいや、我が家はマンションの上層階だから津波なんて関係ないよ...とお思いのあなた、処理場が壊れれば流入は止められます。下水管も壊れたり土砂で中が埋まる可能性も。なのでそんな状況でも流し続けると、お近くのマンホールから糞尿が溢れ出て、「田舎の香水」が漂うことに(>_<)
じゃあ仮設トイレを...とお思いのあなた、仮設トイレの数には限りが有り、大至急の増産も大変かと。更に沿岸どこのまちでも処理場が被災すると仮設トイレの争奪戦に(>_<)
無事に数が足りたとしても、今まで無かった糞尿の量を、いったいどこで処理できるのでしょうか。水洗化が進んだ所ほど、糞尿の処理場は無いかも(>_<) 仮に我がまちに有ったとしても被災したり、大量に増えた糞尿を果たして処理できるでしょうか?
困って内陸側の自治体へ処理を依頼するとしても、多少は受け入れてもらえるでしょうけれど、どこでも余力のある処理はしていないかと。そうなると、仮設トイレがあっても汲み取ってもらえず、溢れそうで使えない事態にも(>_<)(>_<)
快適なトイレライフをいついかなる時でも最大限維持するため、沿岸部に住む下水道利用者の方は下水処理場の災害対策が十分か否か至急確かめ、不十分なら地域を巻き込んで行政のお尻を大至急叩きましょう(^_^)v
あっ、因みにヨコミー家は田舎なので下水道の区域からかなり外れています。なので合併浄化槽を設置していて、更には仮設トイレも1基、西日が当たらない所に置いています(^_^)v ん?、お掃除(>_<)
あっ、またまたいろんな事を考えてしまいました。でも運転手じゃなかったのが幸い(^_^;)
気付いたらもう橋は終わり、こんな標識が。
でもここは左から上り線に合流する気仙沼港インターです。ここでは下りられない、仙台向きのハーフインター。なので青森・岩手から南下して気仙沼魚市場へ行きたい....と思って横断橋を渡っても、更に1つ先の、1.2km先の中央インターまで進んで下の道を戻ってこないと市街地や魚市場へ行けないという不便な作り(>_<)
これは先ほど高速道に乗った浦島大島インターも同様の仙台向きで、青森・岩手から南下して大島へ行くお客さんは大島の名が付くインターでは下りられず、1つ北側のインターで下りなければ成りません(>_<)
あの震災によって「復興道路」と位置づけられ、何が何でも予定通り開通させるんだ...と言わんばかりに配慮・熟慮は二の次として、急がせられたのでしょう。今からでも不便や迷惑な作りを直して欲しいものです。与党を支持する建設業界にも予算が行くことでしょうから(^_^;)
あっ、明日も多忙なので寝ます(>_<) ヨコミー奥様のおリュウさんはお仕事(^_^)v 鬼の居ぬ間に洗濯です(^_^;)
おしまいm(_ _)m
百花繚乱 福島市花見山=図鑑 後編 20210330 [観味良好]
こんにちは、ヨコミーです。
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
28日夕方から降っていた雨は昨日4月30日朝にはすっかりと上がりました。
その昨日の夕方、晴れ間が広がっていたので星を見る準備をしようと望遠鏡を見たら、雨漏りがいっぱい(>_<) 幸いに機材は濡れませんでしたが、不用意に避けたビニールから溜まった雨水が急に流れ出し、靴下まで濡れてしまいました(^_^;)
さて一昨日から続いている記事、3月30日に所用のついでに足を伸ばして行った福島市花見山の最後です。
☆全ての記事に有る写真はクリックすると全て大きくなります。大きさは大小ありますが、大きいのは壁紙に使って頂ければ嬉しいです(^_^)v
寒緋桜です。良い色です(^_^)v この名前ですが、緋寒桜...というのも有ったかな???(^_^;) ただ、記事に載せている名前は、全て札に書いてあったままです。
市街地が黄砂で霞んでいますが、良い景色です。花見山の遊歩道は木々の間に有り、桜のトンネルを歩くことも(^_^)v 逆に言えば見通しが利く所は部分的です。開けている所では足を止めて楽しみたいです(^_^)v
花見山を正面に見る素敵なお宅。羨ましいです(^_^;)
淡いピンクというか紫色の素敵な桜ですが、氏名不詳です(>_<) 札が無い?? 見逃した??(>_<)
赤い椿の花。カップ咲きの薔薇を思い出させます(^_^;) ここは山頂の近く。椿はコースの所々に有ります。
花桃です。我が家のも丁度こんな感じに咲いていました(^_^)v
正にこれから咲く紫木蓮(シモクレン)です。萼は既に開いています。左側はこれから萼が開くのでしょうね。
ようやく山頂付近に到着ですが、直ぐ麓から霞んでいるようです(>_<)
山頂付近の広場に有る桜ですが、氏名不詳(>_<) 染井吉野?? あっ、TOKIOが植えた桜ではありません。宮崎県産とか聞きますが、近づけなかったです(^_^;)
十月桜です。広場を抜けると下りと成り、十月桜が続きます。
これも十月桜です。淡いピンクが素敵です。好みでもあります(^_^)v
ん、ヨコミーの「好み」ってなんだろう??と(^_^;) 若いときなら濃い人(^_^;)、濃い味付け、濃い色を好むのかも。なので歳を取るとそれらに飽きて薄い、淡いものが見えてきて興味が移るのかも。
でも歳を取るといろいろと退化して鈍くなり、感受性が衰えるから更に濃いのが好きになるとか...(^_^;)
花見山にも多くの染井吉野が咲いているのですが、撮った写真は少ないです。開ききった染井吉野とはちょっと間を置きたいのです。白色は好きなのですが、開く前の薄いピンクが大のお気に入りで、開ききった白い色を見ると、何故か興味は他に移ります(>_<) 後は散るだけだから!??? 花吹雪や花弁の絨毯は好きなんですけどねぇ(>_<)
十月桜を過ぎると今度はオカメザクラです。色が濃いですね(^_^;)
木陰でもあり、ちょっと露出不足の気がしますが、これもオカメザクラです。
もう少し下りたらトウカイザクラが有りました。薄いピンクです。
更に下りたら彼岸桜が咲いていました。トウカイザクラより濃いですね(^_^;)
下りの五合目辺りに有るヒオトメツバキ(緋乙女椿)です。 美味しそうです(^_^;)
桜かな??って思ったら、ガイドさんがベニバスモモだと教えてくれました。
なんでも、例年ここでは染井吉野が咲き終わってからこの花が咲くのだそうで、今年みたく同時に咲くのは見聞きしたことが無いと驚いていました。
この夏は温暖化で更に暑くなり、コロナと相まって大変な夏に成るのでは....と、とても心配です(>_<)
ミヤビザクラです。濃いピンクです(^_^;) でも、土産に買ったのは....
濃いピンクに感心しながら、地球温暖化を心配している内に所有者さん宅のお庭に戻ってきました。下山(^_^)v
オカメザクラです。これは帰路の駐車場手前、桜の畑に有った花をパチリ(^_^;)
幸い?少し先の関所に置いて有りましたので、ヨコミー奥様のおリュウさんに「終活の一環だよ」と断りを入れて、連れて帰ってきました(^_^;)
いつもは連れて帰ってきてもウジウジとしていて、暫く庭の端に置いていたりするのですが、今年は速攻で家庭菜園の南端近くに植えました。来年咲くかな(^_^;)
花見山への往復に乗ったバスは換気十分で、窓からの風がヨコミーにビュウビュウ(>_<) 間もなく風邪を引いてしまいました(^_^;)
昨夕のニュースによれば、コロナの変異株は3密に限らず2密でも危ういとか。そう、お出掛けの際は1密をも避けながら、十分注意しましょう(^_^)v
マスクを外すのは物を口に入れる時の最低限で。他の人と離れていても、風やエアコンの風でウィルスが飛んでくるようです。
マスクは顎や頬に隙間が出ないようにしっかりと付けましょう。そして時々隙間が無いかも要チェック。
口や鼻を触るときは手指を綺麗に洗ってから触りましょう。
帰宅したら出来れば外で手を洗ってから玄関を開け、コートや上着は玄関付近で脱ぎましょう。
以上はニュースから要点を拾ってみました。まだ足らないかな(^_^;)
皆さん、外出するときは十分注意してお出掛け願いますm(_ _)m
おしまい(^_^)v
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
28日夕方から降っていた雨は昨日4月30日朝にはすっかりと上がりました。
その昨日の夕方、晴れ間が広がっていたので星を見る準備をしようと望遠鏡を見たら、雨漏りがいっぱい(>_<) 幸いに機材は濡れませんでしたが、不用意に避けたビニールから溜まった雨水が急に流れ出し、靴下まで濡れてしまいました(^_^;)
さて一昨日から続いている記事、3月30日に所用のついでに足を伸ばして行った福島市花見山の最後です。
☆全ての記事に有る写真はクリックすると全て大きくなります。大きさは大小ありますが、大きいのは壁紙に使って頂ければ嬉しいです(^_^)v
寒緋桜です。良い色です(^_^)v この名前ですが、緋寒桜...というのも有ったかな???(^_^;) ただ、記事に載せている名前は、全て札に書いてあったままです。
市街地が黄砂で霞んでいますが、良い景色です。花見山の遊歩道は木々の間に有り、桜のトンネルを歩くことも(^_^)v 逆に言えば見通しが利く所は部分的です。開けている所では足を止めて楽しみたいです(^_^)v
花見山を正面に見る素敵なお宅。羨ましいです(^_^;)
淡いピンクというか紫色の素敵な桜ですが、氏名不詳です(>_<) 札が無い?? 見逃した??(>_<)
赤い椿の花。カップ咲きの薔薇を思い出させます(^_^;) ここは山頂の近く。椿はコースの所々に有ります。
花桃です。我が家のも丁度こんな感じに咲いていました(^_^)v
正にこれから咲く紫木蓮(シモクレン)です。萼は既に開いています。左側はこれから萼が開くのでしょうね。
ようやく山頂付近に到着ですが、直ぐ麓から霞んでいるようです(>_<)
山頂付近の広場に有る桜ですが、氏名不詳(>_<) 染井吉野?? あっ、TOKIOが植えた桜ではありません。宮崎県産とか聞きますが、近づけなかったです(^_^;)
十月桜です。広場を抜けると下りと成り、十月桜が続きます。
これも十月桜です。淡いピンクが素敵です。好みでもあります(^_^)v
ん、ヨコミーの「好み」ってなんだろう??と(^_^;) 若いときなら濃い人(^_^;)、濃い味付け、濃い色を好むのかも。なので歳を取るとそれらに飽きて薄い、淡いものが見えてきて興味が移るのかも。
でも歳を取るといろいろと退化して鈍くなり、感受性が衰えるから更に濃いのが好きになるとか...(^_^;)
花見山にも多くの染井吉野が咲いているのですが、撮った写真は少ないです。開ききった染井吉野とはちょっと間を置きたいのです。白色は好きなのですが、開く前の薄いピンクが大のお気に入りで、開ききった白い色を見ると、何故か興味は他に移ります(>_<) 後は散るだけだから!??? 花吹雪や花弁の絨毯は好きなんですけどねぇ(>_<)
十月桜を過ぎると今度はオカメザクラです。色が濃いですね(^_^;)
木陰でもあり、ちょっと露出不足の気がしますが、これもオカメザクラです。
もう少し下りたらトウカイザクラが有りました。薄いピンクです。
更に下りたら彼岸桜が咲いていました。トウカイザクラより濃いですね(^_^;)
下りの五合目辺りに有るヒオトメツバキ(緋乙女椿)です。 美味しそうです(^_^;)
桜かな??って思ったら、ガイドさんがベニバスモモだと教えてくれました。
なんでも、例年ここでは染井吉野が咲き終わってからこの花が咲くのだそうで、今年みたく同時に咲くのは見聞きしたことが無いと驚いていました。
この夏は温暖化で更に暑くなり、コロナと相まって大変な夏に成るのでは....と、とても心配です(>_<)
ミヤビザクラです。濃いピンクです(^_^;) でも、土産に買ったのは....
濃いピンクに感心しながら、地球温暖化を心配している内に所有者さん宅のお庭に戻ってきました。下山(^_^)v
オカメザクラです。これは帰路の駐車場手前、桜の畑に有った花をパチリ(^_^;)
幸い?少し先の関所に置いて有りましたので、ヨコミー奥様のおリュウさんに「終活の一環だよ」と断りを入れて、連れて帰ってきました(^_^;)
いつもは連れて帰ってきてもウジウジとしていて、暫く庭の端に置いていたりするのですが、今年は速攻で家庭菜園の南端近くに植えました。来年咲くかな(^_^;)
花見山への往復に乗ったバスは換気十分で、窓からの風がヨコミーにビュウビュウ(>_<) 間もなく風邪を引いてしまいました(^_^;)
昨夕のニュースによれば、コロナの変異株は3密に限らず2密でも危ういとか。そう、お出掛けの際は1密をも避けながら、十分注意しましょう(^_^)v
マスクを外すのは物を口に入れる時の最低限で。他の人と離れていても、風やエアコンの風でウィルスが飛んでくるようです。
マスクは顎や頬に隙間が出ないようにしっかりと付けましょう。そして時々隙間が無いかも要チェック。
口や鼻を触るときは手指を綺麗に洗ってから触りましょう。
帰宅したら出来れば外で手を洗ってから玄関を開け、コートや上着は玄関付近で脱ぎましょう。
以上はニュースから要点を拾ってみました。まだ足らないかな(^_^;)
皆さん、外出するときは十分注意してお出掛け願いますm(_ _)m
おしまい(^_^)v