仙台 光のページェント 20171223 [観味良好]
こんにちは、ヨコミーです。
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
今日12月26日は朝から雲が多く、日差しは少しだけ。
ついには雪まで舞ってきましたが、市内大谷や階上では、暗くなっても積もっていませんでした。
ただ、寒くはなってきました(>_<)
12月23日、『2017SENDAI光のページェント』へ行ってきました。
実はこの日はサンタクロースのパレードがあると聞き、所用をこの日に合わせました(^_^;)
※写真はクリックすると大きくなります。
常禅寺通り上り線下り線の間にある緑地の歩道から。
残念ながらサンタのパレードは、午後7時25分からのを見ました。
でも、パレード途中からこれらの照明が消され、通行止めが解除されてからもしばらく点かず、真ん中の歩道も入れなかったので、待ち時間が長かった....(>_<)
なので、見て回るのが遅くなってしまいました。
ヨコミー、このように遠くまで続いているのが好きです(^_^)v
今度は縦位置で(*^_^*)
これは違うカメラで。ちょっと冷たい感じですが、これも好き(^_^;)
カメラに、この光は電球色だよと教えて撮影したもの。
光の芸術も共演して....(^_^;)
「せんだいメディアテーク」前。
ガラスの外壁に反射して、とても綺麗です。
ここはなんという所か不詳(>_<) でも、いつもチェックしています。常禅寺通りの北側です。
ガラス面の反射と、ここで飾っているLED照明が競演し、とても素敵です。
こちらのビルも綺麗に反射してくれます。
なんと車にも(*^_^*)
サンタさんが乗っているページェントカー。
バイクに乗った、陽気なサンタさんが10人ほど(*^_^*)
うるさい爆音も立てず、ご立派。サービス精神満点(^_^)v
うるさいといえば、スポーツカーらしき車が、何の飾りもせず、迷惑な大きな爆音を出して、一帯を周回していました。爆音は何度も聞きました(>_<)
なのにその車、警察に捕まえられませんでした。ヨコミーが回っている内には(>_<)
このイベントには、おまわりさんは居なかったようです(>_<)
こんなのは不正改造や整備不良で捕まえられそうなものですが、この催事に出動しないんですかねぇ....。
先程、サンタのパレードが終わり、道路真ん中の歩道へ行こうとする人垣を、大きな声で制止していた、どこかの制服を着た人はいっぱい居たのですが、少し離れた所に居た同じ制服を着た方に尋ねたら、警備会社の方でした。
そんなもんなんだべがや(>_<)
勾当台公園市民広場にある、SENDAI光のページェントのシンボル・auツリーです。とても大きいです。
勾当台公園です。LEDのトンネルは眩しすぎて、ヨコミーは苦手です(>_<)
左上は、道路向かいとなったauツリー。
この放射状に伸びるやつも欠かせません(^_^;)
帰路の商店街。一番町。
藤崎の角には、SENDAI光のページェント藤崎「Love&Peace」のLED飾りも。
ここで曲がります。
やや大人しめかな。
クリスロードで。
伊達政宗公生誕450年でした(^_^)v
そろそろ駅に近くなりました。
「アエル」の照明はいつも綺麗です(^_^)v
今回、ちょっと時間帯が遅くなってしまいました。
来年こそ、早めに来て、ゆっくり巡りたいのですが....(^_^;)
SENDAI光のページェントは12月31日まで。夕方5時半からの点灯で、31日の消灯は夜の12時。
素敵な年末の風物詩ですよ(^_^)v
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
今日12月26日は朝から雲が多く、日差しは少しだけ。
ついには雪まで舞ってきましたが、市内大谷や階上では、暗くなっても積もっていませんでした。
ただ、寒くはなってきました(>_<)
12月23日、『2017SENDAI光のページェント』へ行ってきました。
実はこの日はサンタクロースのパレードがあると聞き、所用をこの日に合わせました(^_^;)
※写真はクリックすると大きくなります。
常禅寺通り上り線下り線の間にある緑地の歩道から。
残念ながらサンタのパレードは、午後7時25分からのを見ました。
でも、パレード途中からこれらの照明が消され、通行止めが解除されてからもしばらく点かず、真ん中の歩道も入れなかったので、待ち時間が長かった....(>_<)
なので、見て回るのが遅くなってしまいました。
ヨコミー、このように遠くまで続いているのが好きです(^_^)v
今度は縦位置で(*^_^*)
これは違うカメラで。ちょっと冷たい感じですが、これも好き(^_^;)
カメラに、この光は電球色だよと教えて撮影したもの。
光の芸術も共演して....(^_^;)
「せんだいメディアテーク」前。
ガラスの外壁に反射して、とても綺麗です。
ここはなんという所か不詳(>_<) でも、いつもチェックしています。常禅寺通りの北側です。
ガラス面の反射と、ここで飾っているLED照明が競演し、とても素敵です。
こちらのビルも綺麗に反射してくれます。
なんと車にも(*^_^*)
サンタさんが乗っているページェントカー。
バイクに乗った、陽気なサンタさんが10人ほど(*^_^*)
うるさい爆音も立てず、ご立派。サービス精神満点(^_^)v
うるさいといえば、スポーツカーらしき車が、何の飾りもせず、迷惑な大きな爆音を出して、一帯を周回していました。爆音は何度も聞きました(>_<)
なのにその車、警察に捕まえられませんでした。ヨコミーが回っている内には(>_<)
このイベントには、おまわりさんは居なかったようです(>_<)
こんなのは不正改造や整備不良で捕まえられそうなものですが、この催事に出動しないんですかねぇ....。
先程、サンタのパレードが終わり、道路真ん中の歩道へ行こうとする人垣を、大きな声で制止していた、どこかの制服を着た人はいっぱい居たのですが、少し離れた所に居た同じ制服を着た方に尋ねたら、警備会社の方でした。
そんなもんなんだべがや(>_<)
勾当台公園市民広場にある、SENDAI光のページェントのシンボル・auツリーです。とても大きいです。
勾当台公園です。LEDのトンネルは眩しすぎて、ヨコミーは苦手です(>_<)
左上は、道路向かいとなったauツリー。
この放射状に伸びるやつも欠かせません(^_^;)
帰路の商店街。一番町。
藤崎の角には、SENDAI光のページェント藤崎「Love&Peace」のLED飾りも。
ここで曲がります。
やや大人しめかな。
クリスロードで。
伊達政宗公生誕450年でした(^_^)v
そろそろ駅に近くなりました。
「アエル」の照明はいつも綺麗です(^_^)v
今回、ちょっと時間帯が遅くなってしまいました。
来年こそ、早めに来て、ゆっくり巡りたいのですが....(^_^;)
SENDAI光のページェントは12月31日まで。夕方5時半からの点灯で、31日の消灯は夜の12時。
素敵な年末の風物詩ですよ(^_^)v
気仙沼の今 内湾界隈 20171222 [東日本大震災]
こんにちは、ヨコミーです。
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
今日12月24日は朝にちょっとだけ青空が見えたものの、雲が多く、午後遅くからは小雨が降り出しました。
小さなお食事会が有り、正午に旧市立病院奥の上田中(かみたなか)に在る某所へ。
帰路、下手のお店に寄り、知り合いへ差し上げるお土産として、1500円ほどの商品を買いました。
このお店は、1000円以上買うと、地域商店会のスタンプか(と?)市内商店街連合会の福引き補助券をくれるはずでしたが、貰わなかったことに店を出てから気付き....。
再度入店するのも嫌なので、そのまま車のエンジンを掛け....(>_<)
今日はクリスマスイブでレジも忙しいのでしょうけれど、素敵な企画でお客さんを多く呼びたいんだ!!という意気込みが感じられない、残念なお店でした。
こんなんだったら、律儀に地元商店を利用することなく、その手の企画が無い外来大型商業施設の方が良かったなぁ....と反省(>_<)
12月22日、所用で市内南町へ行ったので、帰路、旧・鰹鮪(かつおまぐろ)会館前で内湾の風景を撮影してみました。
https://www.google.co.jp/maps/@38.9046197,141.5766233,18z
この辺一帯は、あの東日本大震災による大津波で多くの被害が出た所。
復旧はまだまだです。
※写真はクリックすると大きくなります。
大きな岩の上に建つのは気仙沼プラザホテル。手前の塔はホテル下の駐車場と結ぶエレベーター。
その左は鮮魚等の土産物屋さん。共に南三陸町から進出してきた企業に買収されました(>_<)
左隣です。奥の山は旧・唐桑町との境の山。麓の海岸に見えるクレーン群は、鹿折地区浪板(なみいた)の造船地帯です。
左奥の白い船はサンマ船です。
造船地帯の拡大です。
ヨコミーは鹿折育ちなので、同級生に家業が造船業の子も居ました。
写真がちょっと変です?? 真ん中の船の下を見てください。やや広い線が左右に伸びでいます。
左側は割と違和感は無いのですが、右側は溺れそうな感じ(^_^;) そして鏡面のような反射。
蜃気楼の一種、逃げ水みたいな現象でしょう。
サンマ船の拡大です。斜めに沢山突き出ているのは集魚灯です。
既に漁は終わったので、これからサンマ用の設備を下ろすのでしょう。
来年は大きなサンマを沢山水揚げしてくださいね(^_^)v
更に左隣です。
中央右の岬は五十鈴神社が在る神明崎。震災前は朱塗りの浮御堂が在りました。
中央の白っぽい小山は、防潮堤?工事用の採石でしょうか。
その左上、ちょっとだけ見える白い建物は、今年辺りで営業を終了した、老舗のホテル望洋。昔は望洋館という名で、長い間親しまれてきたのですが、残念です。
お神明さんの拡大です。いつになったら朱塗りの浮御堂が再建されるのやら(>_<)
更に左へ続きます。
湾の奥には漁船漁業会社や仕込み屋さん等がズラリと並んでいて、大津波の前は山の麓がこんなには見えませんでした。
真ん中上に見える明るい草色の屋根は、教会風の結婚式場。
右端に在るホテル望洋の左の小山は陣山。山の向こう側は、300tもの船が打ち上げられた鹿折地区。
市はこの山の上に復興祈念公園を計画していますが、ヨコミーは心配(>_<)
地元紙によれば、計画している駐車場はなんと数十台分だけとか。
この場所は狭いので、当然なのでしょうけれど、公の大きなイベントは絶対に企画しないのでしょうか。単なる都市公園ではなく、「復興祈念」公園なのですが。
市内の公共施設は、一般的に駐車場が狭いのです。
大きな催事があると、駐車場から車が溢れます。離れた駐車場からシャトルバスを出す事も有るようですが、お金が有る事業だけ。
同じ苦労を強いるのでしょうか。
一方、大津波で被災した、南気仙沼や観光地・岩井崎の手前等々は、まだまだ建物が建っていない土地が在ります。未利用地が多いとも、地元紙にありました。
そんな所ならば、公園自体は同程度としても、駐車場は何倍も広く取ることが出来ると思うのです。
このことを、知り合いの市議と話したのですが、なんか認識が足らないようで....(>_<)
新しく出来る中央公民館(浸水地に盛土して建設予定)に隣接させてもいいし、震災前に在った南運動広場も作るのでしょうから、そこに隣接させてもいいんだけれど(^_^)v
陣山の拡大です。計画されている公園へは、左奥の裏側から車は入ります。
しかし、そこに続く坂道はとても狭く、被災していない所の両脇には人家がぎっしり。普通車でもすれ違いは大変です。
バスは内湾側からは無理。鹿折側とて道は狭く、すれ違いには民家を壊して待避所を作るか拡幅するか.....。
選定理由として、一説には、この場所なら復旧が進む内湾地域と鹿折地区が一望に出来るということらしいですが、このこんもりしている林をハゲ山にしなければなりません。
見通しが良いことでここを優位とする理由なら、民家の裏ぎりぎりまで買収して伐採し、また民家脇の木についても、高さを未来永劫規制しないといけません(>_<)
なぜ自然を壊してまで、見通しを確保する必要があるのでしょうか。
ヨコミーなら浸水地の未利用地を再調整して、もちろん盛土し、そこに作ります(^_^)v
結婚式場付近の拡大です。
その下の赤い屋根に白く文字が見えるのは、「気仙沼第二保育所」。市が直営する保育所ではありませんが、興味深い名称です。
左下に見える斜面のような草地の下は、確か相沢病院があった所。
岸壁では、防潮堤工事が進められているようです。
更に左隣です。
奥にどーんと立つ建物は、魚町と入沢の災害公営住宅。
住宅の上に見える山は安波山(あんばやま、あんばさん。238m)
気仙沼地区と鹿折地区のシンボルです。
災害公営住宅の拡大です。1号棟は県道沿いの山側。小高い所に見える2号棟3号棟は、生徒数の減少で廃校となった、畠山学園の気仙沼女子高等学校跡地付近に建てられました。
震災前なら、丁度2号棟3号棟の位置に、最上階にカマボコ屋根の屋内体育館を備えた同校が在り、内湾のシンボルでもありましたのに、残念です。
それにしても、人口統計を見れば、20年30年も前から人口減少が予測出来たのに、国政は無策に近いものでしたね。
人口が減れば消費が減り、生産を少なくしなければならず、経済は小さくなります。
地方の、更に地方などは、尚更大変。まだ十分に使えたり、立派な学校まで廃校にしなければなりません(>_<)
1号棟の直ぐ右隣です。
今春に営業をやめた「亀の湯」です。右端に煙突、水色のダンプカー左上に看板が見えます。
ヨコミーが鹿折に住んでいた頃、1号棟の辺りに「はしもと菓子店」があり、夏の帰路はそこが関所。かき氷でした(^_^;)
ここの氷は歯触りが良く、何度も立ち寄りました。
ある夜に寄って食べていると、怖そうな船員さんが入ってきて、なんとかき氷を注文するのです(>_<)
そう、亀の湯の帰りでした(^_^;)
岸壁に船を泊め、亀の湯で汗を流し、更にかき氷を食べて....、幸せそうでした(*^_^*)
今はそんな姿を見ることは出来ません(>_<)
因みに、大谷に引っ越してからは、家族分のかき氷を買い、マイカーの常備品となっている発泡スチロールの箱に入れ、持ち帰ったものです。
さすがに氷で、解けることなく家族に届けられました(^_^)v
あの美味しいかき氷、亡き父とも食べたあのかき氷は、もう食べられません(T_T)
更に左隣の汽船発着所方面です。
その拡大です。昔は2階建てのレストハウスが、その後改築されて3階建てのエースポートが在りました。
大島汽船の事務所や土産物屋さん、美味しいイタリアンのレストラン、観光協会等が入ってました。
なのに大津波は.....(>_<)
正面奥右側は魚町二丁目の災害公営住宅で、左は新築された気仙沼信用金庫本店です。
汽船発着所の左手には、3階建ての市営駐車場がありました。
白く続く壁は防潮堤のようです。
中央やや左上の波形は、南町二丁目に在る災害公営住宅の大通り側に隣接する商業施設です。
更に左です。
赤いダンプカーの奥と右に見えるのは、南町一丁目の災害公営住宅です。
信号機がある交差点の左角に大きな交番が在りましたが、内陸部に移転しました。
この辺りが手薄になった気がするのはヨコミーだけ???
その交番のあちら向かいに南町消防署がありましたが、これは気仙沼駅前に移転(>_<)
赤い営業中看板の向こうには、仮設商店街が在りました。ここを去ったお店は、全てが本設のお店を持てた訳ではないようです(>_<)
左の鉄塔は、市民会館下に在るNTTのアンテナです。
更に左です。
右側の黒い大きな建物は、市営駐車場向かいの南町二丁目にも在った魚屋さん。ここに来ていました。
ヨコミー小さい頃、鹿折の駅近くから母と歩いてきて、そこで魚を買い、近くのバス案内所は通り過ぎ、煎餅坂を登り、河原田の通を下り、南気仙沼駅から伸びる通で曲がり、駅に向かいました。
小さい頃、歩くのは大変でした。まあ母は乗り物酔いが有り、しかもバス料金は高く、節約したかったのでしょう。
でも母の実家へ行くことが出来るので、数少ない楽しみでもありました。
真ん中の黒いお店は喫茶店。K-port (ケイポート)という小洒落た店らしいのですが、ヨコミーには尚更足が遠くなります(^_^;)
左端は、以前はエースポート前に在った「かもめ食堂」。でも、経営者は別な方。
大島や近くの方々から長く愛されていたお店でしたが、ヨコミー残念ながら縁は有りませんでした。
ヨコミーが一時割と食べたのは、直ぐ近くの「箸膳(はしぜん)」(^_^;)
その箸膳も過日市内神山で見掛けましたが、その後はどうしたのか....。
でも、「かもめ食堂」近々に行ってみましょう(^_^)v
おっと忘れていました。この角に大津波前は鰹鮪会館が在って、お金の関係だったか、漁船員さんの保険のことだったかで、その昔訪問しました。でも、しばらくご無沙汰でした。
やっと一周です。お疲れ様でしたm(_ _)m
ちょっと思い出が多くなりました(>_<)
うーん、ヨコミーもそろそろ回帰する支度をしなければならない、そんなお歳に近づいてきたのかな(^_^;)
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
今日12月24日は朝にちょっとだけ青空が見えたものの、雲が多く、午後遅くからは小雨が降り出しました。
小さなお食事会が有り、正午に旧市立病院奥の上田中(かみたなか)に在る某所へ。
帰路、下手のお店に寄り、知り合いへ差し上げるお土産として、1500円ほどの商品を買いました。
このお店は、1000円以上買うと、地域商店会のスタンプか(と?)市内商店街連合会の福引き補助券をくれるはずでしたが、貰わなかったことに店を出てから気付き....。
再度入店するのも嫌なので、そのまま車のエンジンを掛け....(>_<)
今日はクリスマスイブでレジも忙しいのでしょうけれど、素敵な企画でお客さんを多く呼びたいんだ!!という意気込みが感じられない、残念なお店でした。
こんなんだったら、律儀に地元商店を利用することなく、その手の企画が無い外来大型商業施設の方が良かったなぁ....と反省(>_<)
12月22日、所用で市内南町へ行ったので、帰路、旧・鰹鮪(かつおまぐろ)会館前で内湾の風景を撮影してみました。
https://www.google.co.jp/maps/@38.9046197,141.5766233,18z
この辺一帯は、あの東日本大震災による大津波で多くの被害が出た所。
復旧はまだまだです。
※写真はクリックすると大きくなります。
大きな岩の上に建つのは気仙沼プラザホテル。手前の塔はホテル下の駐車場と結ぶエレベーター。
その左は鮮魚等の土産物屋さん。共に南三陸町から進出してきた企業に買収されました(>_<)
左隣です。奥の山は旧・唐桑町との境の山。麓の海岸に見えるクレーン群は、鹿折地区浪板(なみいた)の造船地帯です。
左奥の白い船はサンマ船です。
造船地帯の拡大です。
ヨコミーは鹿折育ちなので、同級生に家業が造船業の子も居ました。
写真がちょっと変です?? 真ん中の船の下を見てください。やや広い線が左右に伸びでいます。
左側は割と違和感は無いのですが、右側は溺れそうな感じ(^_^;) そして鏡面のような反射。
蜃気楼の一種、逃げ水みたいな現象でしょう。
サンマ船の拡大です。斜めに沢山突き出ているのは集魚灯です。
既に漁は終わったので、これからサンマ用の設備を下ろすのでしょう。
来年は大きなサンマを沢山水揚げしてくださいね(^_^)v
更に左隣です。
中央右の岬は五十鈴神社が在る神明崎。震災前は朱塗りの浮御堂が在りました。
中央の白っぽい小山は、防潮堤?工事用の採石でしょうか。
その左上、ちょっとだけ見える白い建物は、今年辺りで営業を終了した、老舗のホテル望洋。昔は望洋館という名で、長い間親しまれてきたのですが、残念です。
お神明さんの拡大です。いつになったら朱塗りの浮御堂が再建されるのやら(>_<)
更に左へ続きます。
湾の奥には漁船漁業会社や仕込み屋さん等がズラリと並んでいて、大津波の前は山の麓がこんなには見えませんでした。
真ん中上に見える明るい草色の屋根は、教会風の結婚式場。
右端に在るホテル望洋の左の小山は陣山。山の向こう側は、300tもの船が打ち上げられた鹿折地区。
市はこの山の上に復興祈念公園を計画していますが、ヨコミーは心配(>_<)
地元紙によれば、計画している駐車場はなんと数十台分だけとか。
この場所は狭いので、当然なのでしょうけれど、公の大きなイベントは絶対に企画しないのでしょうか。単なる都市公園ではなく、「復興祈念」公園なのですが。
市内の公共施設は、一般的に駐車場が狭いのです。
大きな催事があると、駐車場から車が溢れます。離れた駐車場からシャトルバスを出す事も有るようですが、お金が有る事業だけ。
同じ苦労を強いるのでしょうか。
一方、大津波で被災した、南気仙沼や観光地・岩井崎の手前等々は、まだまだ建物が建っていない土地が在ります。未利用地が多いとも、地元紙にありました。
そんな所ならば、公園自体は同程度としても、駐車場は何倍も広く取ることが出来ると思うのです。
このことを、知り合いの市議と話したのですが、なんか認識が足らないようで....(>_<)
新しく出来る中央公民館(浸水地に盛土して建設予定)に隣接させてもいいし、震災前に在った南運動広場も作るのでしょうから、そこに隣接させてもいいんだけれど(^_^)v
陣山の拡大です。計画されている公園へは、左奥の裏側から車は入ります。
しかし、そこに続く坂道はとても狭く、被災していない所の両脇には人家がぎっしり。普通車でもすれ違いは大変です。
バスは内湾側からは無理。鹿折側とて道は狭く、すれ違いには民家を壊して待避所を作るか拡幅するか.....。
選定理由として、一説には、この場所なら復旧が進む内湾地域と鹿折地区が一望に出来るということらしいですが、このこんもりしている林をハゲ山にしなければなりません。
見通しが良いことでここを優位とする理由なら、民家の裏ぎりぎりまで買収して伐採し、また民家脇の木についても、高さを未来永劫規制しないといけません(>_<)
なぜ自然を壊してまで、見通しを確保する必要があるのでしょうか。
ヨコミーなら浸水地の未利用地を再調整して、もちろん盛土し、そこに作ります(^_^)v
結婚式場付近の拡大です。
その下の赤い屋根に白く文字が見えるのは、「気仙沼第二保育所」。市が直営する保育所ではありませんが、興味深い名称です。
左下に見える斜面のような草地の下は、確か相沢病院があった所。
岸壁では、防潮堤工事が進められているようです。
更に左隣です。
奥にどーんと立つ建物は、魚町と入沢の災害公営住宅。
住宅の上に見える山は安波山(あんばやま、あんばさん。238m)
気仙沼地区と鹿折地区のシンボルです。
災害公営住宅の拡大です。1号棟は県道沿いの山側。小高い所に見える2号棟3号棟は、生徒数の減少で廃校となった、畠山学園の気仙沼女子高等学校跡地付近に建てられました。
震災前なら、丁度2号棟3号棟の位置に、最上階にカマボコ屋根の屋内体育館を備えた同校が在り、内湾のシンボルでもありましたのに、残念です。
それにしても、人口統計を見れば、20年30年も前から人口減少が予測出来たのに、国政は無策に近いものでしたね。
人口が減れば消費が減り、生産を少なくしなければならず、経済は小さくなります。
地方の、更に地方などは、尚更大変。まだ十分に使えたり、立派な学校まで廃校にしなければなりません(>_<)
1号棟の直ぐ右隣です。
今春に営業をやめた「亀の湯」です。右端に煙突、水色のダンプカー左上に看板が見えます。
ヨコミーが鹿折に住んでいた頃、1号棟の辺りに「はしもと菓子店」があり、夏の帰路はそこが関所。かき氷でした(^_^;)
ここの氷は歯触りが良く、何度も立ち寄りました。
ある夜に寄って食べていると、怖そうな船員さんが入ってきて、なんとかき氷を注文するのです(>_<)
そう、亀の湯の帰りでした(^_^;)
岸壁に船を泊め、亀の湯で汗を流し、更にかき氷を食べて....、幸せそうでした(*^_^*)
今はそんな姿を見ることは出来ません(>_<)
因みに、大谷に引っ越してからは、家族分のかき氷を買い、マイカーの常備品となっている発泡スチロールの箱に入れ、持ち帰ったものです。
さすがに氷で、解けることなく家族に届けられました(^_^)v
あの美味しいかき氷、亡き父とも食べたあのかき氷は、もう食べられません(T_T)
更に左隣の汽船発着所方面です。
その拡大です。昔は2階建てのレストハウスが、その後改築されて3階建てのエースポートが在りました。
大島汽船の事務所や土産物屋さん、美味しいイタリアンのレストラン、観光協会等が入ってました。
なのに大津波は.....(>_<)
正面奥右側は魚町二丁目の災害公営住宅で、左は新築された気仙沼信用金庫本店です。
汽船発着所の左手には、3階建ての市営駐車場がありました。
白く続く壁は防潮堤のようです。
中央やや左上の波形は、南町二丁目に在る災害公営住宅の大通り側に隣接する商業施設です。
更に左です。
赤いダンプカーの奥と右に見えるのは、南町一丁目の災害公営住宅です。
信号機がある交差点の左角に大きな交番が在りましたが、内陸部に移転しました。
この辺りが手薄になった気がするのはヨコミーだけ???
その交番のあちら向かいに南町消防署がありましたが、これは気仙沼駅前に移転(>_<)
赤い営業中看板の向こうには、仮設商店街が在りました。ここを去ったお店は、全てが本設のお店を持てた訳ではないようです(>_<)
左の鉄塔は、市民会館下に在るNTTのアンテナです。
更に左です。
右側の黒い大きな建物は、市営駐車場向かいの南町二丁目にも在った魚屋さん。ここに来ていました。
ヨコミー小さい頃、鹿折の駅近くから母と歩いてきて、そこで魚を買い、近くのバス案内所は通り過ぎ、煎餅坂を登り、河原田の通を下り、南気仙沼駅から伸びる通で曲がり、駅に向かいました。
小さい頃、歩くのは大変でした。まあ母は乗り物酔いが有り、しかもバス料金は高く、節約したかったのでしょう。
でも母の実家へ行くことが出来るので、数少ない楽しみでもありました。
真ん中の黒いお店は喫茶店。K-port (ケイポート)という小洒落た店らしいのですが、ヨコミーには尚更足が遠くなります(^_^;)
左端は、以前はエースポート前に在った「かもめ食堂」。でも、経営者は別な方。
大島や近くの方々から長く愛されていたお店でしたが、ヨコミー残念ながら縁は有りませんでした。
ヨコミーが一時割と食べたのは、直ぐ近くの「箸膳(はしぜん)」(^_^;)
その箸膳も過日市内神山で見掛けましたが、その後はどうしたのか....。
でも、「かもめ食堂」近々に行ってみましょう(^_^)v
おっと忘れていました。この角に大津波前は鰹鮪会館が在って、お金の関係だったか、漁船員さんの保険のことだったかで、その昔訪問しました。でも、しばらくご無沙汰でした。
やっと一周です。お疲れ様でしたm(_ _)m
ちょっと思い出が多くなりました(>_<)
うーん、ヨコミーもそろそろ回帰する支度をしなければならない、そんなお歳に近づいてきたのかな(^_^;)
秋冬の散開星団 「すばる」他 20171219 [星]
こんにちは、ヨコミーです。
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
なんと明日は冬至とか。認識が薄い内に、12月も3分の2が終わってしまいました。
ヨコミー、担当していた某お遊び協会のイベントですが、火曜日にようやく決算書を出してきました。
まあ正しくは決算書(案)ですが、だいぶ気が楽になりました。
ただ、きっちりとご指導頂ければ先月末にも終わったはず。
メールからLINE経由で、YESかNOの照会を出しても、回答まで1週間も掛かるなんて、郵送以上に遅い返事....。
こんなんじゃ絶対、来年のイベントにヨコミーは居ません(^_^)v
今日12月21日は朝から青空が広がり、午後から多少雲が出るときもありましたが、夜までいいお天気でした。風は少なめで寒さは多少緩んだようです。
でも今朝、JR気仙沼駅のちょっと西側、国道284号の古町三丁目で、乗用車が縁石に乗り上げる、自損事故が有ったと聞きました。
一関方向から走って来た車ですが、フロントガラスがちょっと汚れたので、ウォッシャー液を噴き出させ、ワイパーを動かしたら、急にフロントガラスが凍り付き、前が見えなくなったとのこと。
路肩に寄せようとしたら、縁石に乗り上げ、タイヤが浮いた状態となり、自らは動けなくなったようです。
早朝のことなので、ウォッシャー液やフロントガラスの表面は、結構冷えていたのでしょうね。
何年か前の冬、ヨコミーが仕事を終えて退社し、離れた駐車場に着いたら、愛車のフロントガラス全面に水滴が付いていました。
そういえば、退社時には上がっていましたが、午後は冷たい雨が降っていたのでした。
エンジンを掛け、ちょっと暖機運転もしたので、では帰ろうとワイパーを動かしたら、なんとワイパーが通ったガラス面は、急激に凍り付いてしまいました。
走り始める前で助かりました。過冷却という現象でした。
寒いときは、より注意が必要です(>_<)
さて、気が楽になった12月19日夜、5日振りに彗星を撮影していましたが、その合間に散開星団を撮影してみました。
※写真はクリックすると大きくなります。各写真の縮尺は同じです。
おうし座の「すばる」です。西洋名はプレヤデス星団といい、ギリシャ神話に出て来る、プレヤデスの七人姉妹に因んでの命名です。
宇宙の中で星が集まっている様子を星団といいますが、比較的散らばった星の集まりを散開星団といい、玉のようにまとまっている集まりは球状星団といいます。
「すばる」は散らばっているので散開星団。
写真にはM(えむ)45とありますが、今から300年ほど前、フランスの天文学者シャルル・メシエは、望遠鏡を使って彗星を捜索する際、彗星と紛らわしい星雲や星団に番号を振り、「メシエカタログ」を作りました。まあ、星雲星団一覧表です。
「すばる」はそのカタログの45番に載っていることから、M45とも呼ばれています。日本では、「すばる」かプレヤデス星団の呼び名が一般的。
ペルセウス座の二重星団です。2つの星団が重なるように近づいていることから、このように呼ばれています。これらも散開星団です。
昔は星だと思われていて、左にはχ、右にはhというギリシャ文字の名前が付けられています。
各星座で一番明るい星にはα(あるふぁ)を、二番目の星にはβ(べーた)を付け、標記は小文字です。因みに、こと座のα星は織女星・ベガです。
二重星団で、左は「カイ」、右は「エィチ」と呼んでいたけど....???
星図を見れば右はhとあるのですが、ギリシャ文字の小文字にhはありませんでした。(誠文堂新光社刊・天文年鑑2017年版、裏表紙内側)
大文字にHは有りますが、これはエータとかイータと読み、小文字はηで、η星は別に在ります(>_<) うーん、不思議。宿題(^_^;)
オレンジ色の星も混じっています。
もう一つの不思議。これにはメシエの番号がありません。メシエが使っていた望遠鏡で確認出来たはずですが....。なんでだす!!??????????????
これもまたまた宿題(>_<)
おおいぬ座の散開星団M41です。全天で一番明るく見えるシリウスの直ぐ下に在り、小さな双眼鏡では星雲状に見えます。
来年は戌年とか。それに因んでこの星団を撮影してみましたが、ちょっと寂しい....(>_<)
やはり、おおいぬ座の全景かなぁ....。あっ、年賀状には使いませんよ(^_^;)
明日は冬至。残された『今年』を元気で過ごしましょう(^_^)v
あっ、ヨコミー、インフルエンザの予防接種をやりかねた.....(>_<)
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
なんと明日は冬至とか。認識が薄い内に、12月も3分の2が終わってしまいました。
ヨコミー、担当していた某お遊び協会のイベントですが、火曜日にようやく決算書を出してきました。
まあ正しくは決算書(案)ですが、だいぶ気が楽になりました。
ただ、きっちりとご指導頂ければ先月末にも終わったはず。
メールからLINE経由で、YESかNOの照会を出しても、回答まで1週間も掛かるなんて、郵送以上に遅い返事....。
こんなんじゃ絶対、来年のイベントにヨコミーは居ません(^_^)v
今日12月21日は朝から青空が広がり、午後から多少雲が出るときもありましたが、夜までいいお天気でした。風は少なめで寒さは多少緩んだようです。
でも今朝、JR気仙沼駅のちょっと西側、国道284号の古町三丁目で、乗用車が縁石に乗り上げる、自損事故が有ったと聞きました。
一関方向から走って来た車ですが、フロントガラスがちょっと汚れたので、ウォッシャー液を噴き出させ、ワイパーを動かしたら、急にフロントガラスが凍り付き、前が見えなくなったとのこと。
路肩に寄せようとしたら、縁石に乗り上げ、タイヤが浮いた状態となり、自らは動けなくなったようです。
早朝のことなので、ウォッシャー液やフロントガラスの表面は、結構冷えていたのでしょうね。
何年か前の冬、ヨコミーが仕事を終えて退社し、離れた駐車場に着いたら、愛車のフロントガラス全面に水滴が付いていました。
そういえば、退社時には上がっていましたが、午後は冷たい雨が降っていたのでした。
エンジンを掛け、ちょっと暖機運転もしたので、では帰ろうとワイパーを動かしたら、なんとワイパーが通ったガラス面は、急激に凍り付いてしまいました。
走り始める前で助かりました。過冷却という現象でした。
寒いときは、より注意が必要です(>_<)
さて、気が楽になった12月19日夜、5日振りに彗星を撮影していましたが、その合間に散開星団を撮影してみました。
※写真はクリックすると大きくなります。各写真の縮尺は同じです。
おうし座の「すばる」です。西洋名はプレヤデス星団といい、ギリシャ神話に出て来る、プレヤデスの七人姉妹に因んでの命名です。
宇宙の中で星が集まっている様子を星団といいますが、比較的散らばった星の集まりを散開星団といい、玉のようにまとまっている集まりは球状星団といいます。
「すばる」は散らばっているので散開星団。
写真にはM(えむ)45とありますが、今から300年ほど前、フランスの天文学者シャルル・メシエは、望遠鏡を使って彗星を捜索する際、彗星と紛らわしい星雲や星団に番号を振り、「メシエカタログ」を作りました。まあ、星雲星団一覧表です。
「すばる」はそのカタログの45番に載っていることから、M45とも呼ばれています。日本では、「すばる」かプレヤデス星団の呼び名が一般的。
ペルセウス座の二重星団です。2つの星団が重なるように近づいていることから、このように呼ばれています。これらも散開星団です。
昔は星だと思われていて、左にはχ、右にはhというギリシャ文字の名前が付けられています。
各星座で一番明るい星にはα(あるふぁ)を、二番目の星にはβ(べーた)を付け、標記は小文字です。因みに、こと座のα星は織女星・ベガです。
二重星団で、左は「カイ」、右は「エィチ」と呼んでいたけど....???
星図を見れば右はhとあるのですが、ギリシャ文字の小文字にhはありませんでした。(誠文堂新光社刊・天文年鑑2017年版、裏表紙内側)
大文字にHは有りますが、これはエータとかイータと読み、小文字はηで、η星は別に在ります(>_<) うーん、不思議。宿題(^_^;)
オレンジ色の星も混じっています。
もう一つの不思議。これにはメシエの番号がありません。メシエが使っていた望遠鏡で確認出来たはずですが....。なんでだす!!??????????????
これもまたまた宿題(>_<)
おおいぬ座の散開星団M41です。全天で一番明るく見えるシリウスの直ぐ下に在り、小さな双眼鏡では星雲状に見えます。
来年は戌年とか。それに因んでこの星団を撮影してみましたが、ちょっと寂しい....(>_<)
やはり、おおいぬ座の全景かなぁ....。あっ、年賀状には使いませんよ(^_^;)
明日は冬至。残された『今年』を元気で過ごしましょう(^_^)v
あっ、ヨコミー、インフルエンザの予防接種をやりかねた.....(>_<)
気仙沼の今 小泉・新町橋界隈 20171128 [東日本大震災]
こんにちは、ヨコミーです。
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
今日12月18日は、朝にちょっとだけ陽が射しただけで、殆ど曇り空でした。
風の冷たさはまあまあ。
厳しい寒さではないのですが、夜にはちょっと小雪が舞いました。
12月も半分過ぎたのですが、11月の話ですみませんm(_ _)m
11月28日、老母の希望があり、市内本吉町小泉のパーマ屋さんへ行ってきました。
小泉地区は、東日本大震災による大津波で大きな被害を受けた所です。規模は小さいですが、中心部が壊滅的な被害を受けた南三陸町や陸前高田市と同様の被害です。
老母生家の近くに在ったパーマ屋さんでしたが、すっかりと流され、今は小高い丘の上に。
送迎は2度。だってパーマが終わるまで、待っていられません(^_^;)
送り届けた帰路、定点撮影している外尾(そでお)川に架かる新町(しんまち)橋からパチリ。
※写真はクリックすると大きくなります。
橋から下流側を見てみました。凡そ東北東です。
向こうに見える一番上の橋は、国道45号の新橋。その下で途切れていたり一段ズレているのは、JR気仙沼線の高架橋ですが、残念ながら、ここを鉄道が走ることはないようです。
高架の下で、川の奥の両側に見えるのは小泉(津谷)川の堤防工事らしいです。
その右隣。川の隣にはコンクリート製品がぎっしりと積まれていました。
多分、防潮堤や川の堤防工事に使われるのでしょう。
小高い丘の上、真ん中辺りは小学校。左端に被災して移転新築した公民館、そして奥には保育所があります。写真では屋根だけでも見えるかな!??
更に右隣。通りの左右には、新町(しんまち)の家々が並んでいました。
右上の丘の上に見える、三角の塔屋を持つ建物は、今春統合で閉校となった小泉中学校。
建物はまだまだ立派でしたのに、児童数の減少には勝てませんでした。
建設費用の借金は、もう全部返済したのでしょうか?
市内唐桑の小原木(こはらぎ)中学校もそう、とても立派。
同じ今春に閉校した市内本吉町の馬籠(まごめ)小学校は、以前、若い世代の定住を誘導するために割安な宅地を分譲しましたが、結果として役に立たなかったようです。
大阪でも人口減と聞きましたが、地方の更に地方では、より深刻です。閉校になったからって、借金を棒引きしてくれる所は、何処にも在りませんし....。
手前の整地された所も草ボウボウな所も、民家が建ち並んでいました。
左の2階建ては工事関係の。正面奥の、やや小高い位置にある民家は、以前見た気がします。
正面やや右が西北西です。奥の小高い丘に在る建物は老人介護施設です。
今春廃校となった中学校は、以前はそこに在って、結構ボロイ校舎だったと聞いています。
その跡地に老人施設が建てられて10年程。
その施設左下に同じ規格で並ぶプレハブ3棟の建物は、復旧工事で働く人たちの作業員宿舎。
橋の西側に立つ丘です。この上は大津波の難を逃れたようです。
このずーっと奥に、小泉の町(まち)3行政区が移った防災集団移転の団地が出来ました。
多分以後津波は決して来ないような山の高台。津波は来ないけど、近くに高速道路が来ます。
ん、先に高速道路の計画が有ったので、後から団地がやって来た....。
この辺りにも民家が軒を連ねていました。メインストリートの西端付近です。
向こうへ伸びる道は北北西方向。中程から左斜め上に伸びる白いガードレールは、被災した小泉地区公民館があった所へ登る坂道。上には車が2台停まっています。
その上のお宅は大丈夫だったようです。
右奥は工事関係の建物です。
道の先に見えるダンプカー右手には、工事が進められている三陸道の橋脚が白く小さく見えます。
写真右には、前回撮影の前からもですが、コンクリート製品が置かれています。
真ん中辺りに交通整理のおじさんが立っているのは、そこから右に通りがあるから。
以前は下(しも)町と仲(なか)町に挟まれた、小泉のメインストリート(まあ片田舎の)でしたが、今では工事車両専用道路と化しています。
更に右隣です。コンクリート製品がいっぱい。向こうの建物も建設関係。
奥の杉林はちょっと変な感じです。歯が抜けたみたい(^_^;)
上に載せた写真もでしたが、あの大津波で根が海水に浸った杉は枯れたようです。
ここもそうかと。
以前は、遠くの山が見えるか見えないか位に民家が建ち並んでいたのですが、その面影は全くありません。
黄色い重機の奥では、河川堤防の改修工事が行われていて、高い盛土が見えます。
沢山のコンクリート製品、草はボウボウ、遠くには巨大な堤防や国道の高架....。
東日本大震災による大津波は、ここが以前はどんな所だったのか、想像さえ出来ないように変えてしまいました。
ここに在った多くの民家は高台へ移転したり、地区外へも行ったと聞きます。
そんななかで、この土地に再び賑わいが戻ることがあるのでしょうか(>_<)
これでやっと一周です。
いつかも見たように、橋から川下側をのぞいてみました。
水量が少ないです。2年ほど前は、少ない水量の中で、鮭が泳いでいましたが、その姿は見えません。
南西に見えた介護施設付近を拡大してみました。10年ほど前、中学校跡地に出来ました。
施設の右手、杉林の陰には仮設住宅がありましたが、今はどうなっているか...。
真ん中の建物は事業所風。新しく建てられたようです。
左の2棟は作業員宿舎。もう1棟は写真の外。
大津波の押し波で、施設の下に瓦礫が集まったと。もちろん、引き波にさらわれた瓦礫は太平洋へ流出し、思い出の回収は全く出来ないことに....(>_<)
公民館跡地方向の拡大です。
各種震災復旧関連工事に加え、三陸道の工事も重なり、ダンプカーなどで混雑しています。土煙を舞い上げながら(>_<)
外尾川右岸(上流側から見て右の岸)の市道です。
震災の被害を残しつつ、復旧名目の巨大建造物が作られて行く違和感....。
この被災した土地に、どんな明るい未来が待っているのでしょうか、教えてください(>_<)
※JR様、この先の高架橋を全部とは欲張りませんので、その2~3スパンを、また陸前小泉駅の残骸を、JRが受けた被害、つまり震災遺構として残して欲しいのです。残すと高架橋の所は通れなくなるので、新たな経路は作らず、立派な国道の橋を利用しては如何でしょうか。高速道も間もなく開通するので、渋滞は無いかと。既に離れた所では改修が進んでいるようですが、国道の橋利用で経費が削減出来、株主にも喜ばれます。また消えゆく気仙沼の震災遺構が残るので、気仙沼のためにも良いかと。どうかひと肌脱いでください(^_^)v
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
今日12月18日は、朝にちょっとだけ陽が射しただけで、殆ど曇り空でした。
風の冷たさはまあまあ。
厳しい寒さではないのですが、夜にはちょっと小雪が舞いました。
12月も半分過ぎたのですが、11月の話ですみませんm(_ _)m
11月28日、老母の希望があり、市内本吉町小泉のパーマ屋さんへ行ってきました。
小泉地区は、東日本大震災による大津波で大きな被害を受けた所です。規模は小さいですが、中心部が壊滅的な被害を受けた南三陸町や陸前高田市と同様の被害です。
老母生家の近くに在ったパーマ屋さんでしたが、すっかりと流され、今は小高い丘の上に。
送迎は2度。だってパーマが終わるまで、待っていられません(^_^;)
送り届けた帰路、定点撮影している外尾(そでお)川に架かる新町(しんまち)橋からパチリ。
※写真はクリックすると大きくなります。
橋から下流側を見てみました。凡そ東北東です。
向こうに見える一番上の橋は、国道45号の新橋。その下で途切れていたり一段ズレているのは、JR気仙沼線の高架橋ですが、残念ながら、ここを鉄道が走ることはないようです。
高架の下で、川の奥の両側に見えるのは小泉(津谷)川の堤防工事らしいです。
その右隣。川の隣にはコンクリート製品がぎっしりと積まれていました。
多分、防潮堤や川の堤防工事に使われるのでしょう。
小高い丘の上、真ん中辺りは小学校。左端に被災して移転新築した公民館、そして奥には保育所があります。写真では屋根だけでも見えるかな!??
更に右隣。通りの左右には、新町(しんまち)の家々が並んでいました。
右上の丘の上に見える、三角の塔屋を持つ建物は、今春統合で閉校となった小泉中学校。
建物はまだまだ立派でしたのに、児童数の減少には勝てませんでした。
建設費用の借金は、もう全部返済したのでしょうか?
市内唐桑の小原木(こはらぎ)中学校もそう、とても立派。
同じ今春に閉校した市内本吉町の馬籠(まごめ)小学校は、以前、若い世代の定住を誘導するために割安な宅地を分譲しましたが、結果として役に立たなかったようです。
大阪でも人口減と聞きましたが、地方の更に地方では、より深刻です。閉校になったからって、借金を棒引きしてくれる所は、何処にも在りませんし....。
手前の整地された所も草ボウボウな所も、民家が建ち並んでいました。
左の2階建ては工事関係の。正面奥の、やや小高い位置にある民家は、以前見た気がします。
正面やや右が西北西です。奥の小高い丘に在る建物は老人介護施設です。
今春廃校となった中学校は、以前はそこに在って、結構ボロイ校舎だったと聞いています。
その跡地に老人施設が建てられて10年程。
その施設左下に同じ規格で並ぶプレハブ3棟の建物は、復旧工事で働く人たちの作業員宿舎。
橋の西側に立つ丘です。この上は大津波の難を逃れたようです。
このずーっと奥に、小泉の町(まち)3行政区が移った防災集団移転の団地が出来ました。
多分以後津波は決して来ないような山の高台。津波は来ないけど、近くに高速道路が来ます。
ん、先に高速道路の計画が有ったので、後から団地がやって来た....。
この辺りにも民家が軒を連ねていました。メインストリートの西端付近です。
向こうへ伸びる道は北北西方向。中程から左斜め上に伸びる白いガードレールは、被災した小泉地区公民館があった所へ登る坂道。上には車が2台停まっています。
その上のお宅は大丈夫だったようです。
右奥は工事関係の建物です。
道の先に見えるダンプカー右手には、工事が進められている三陸道の橋脚が白く小さく見えます。
写真右には、前回撮影の前からもですが、コンクリート製品が置かれています。
真ん中辺りに交通整理のおじさんが立っているのは、そこから右に通りがあるから。
以前は下(しも)町と仲(なか)町に挟まれた、小泉のメインストリート(まあ片田舎の)でしたが、今では工事車両専用道路と化しています。
更に右隣です。コンクリート製品がいっぱい。向こうの建物も建設関係。
奥の杉林はちょっと変な感じです。歯が抜けたみたい(^_^;)
上に載せた写真もでしたが、あの大津波で根が海水に浸った杉は枯れたようです。
ここもそうかと。
以前は、遠くの山が見えるか見えないか位に民家が建ち並んでいたのですが、その面影は全くありません。
黄色い重機の奥では、河川堤防の改修工事が行われていて、高い盛土が見えます。
沢山のコンクリート製品、草はボウボウ、遠くには巨大な堤防や国道の高架....。
東日本大震災による大津波は、ここが以前はどんな所だったのか、想像さえ出来ないように変えてしまいました。
ここに在った多くの民家は高台へ移転したり、地区外へも行ったと聞きます。
そんななかで、この土地に再び賑わいが戻ることがあるのでしょうか(>_<)
これでやっと一周です。
いつかも見たように、橋から川下側をのぞいてみました。
水量が少ないです。2年ほど前は、少ない水量の中で、鮭が泳いでいましたが、その姿は見えません。
南西に見えた介護施設付近を拡大してみました。10年ほど前、中学校跡地に出来ました。
施設の右手、杉林の陰には仮設住宅がありましたが、今はどうなっているか...。
真ん中の建物は事業所風。新しく建てられたようです。
左の2棟は作業員宿舎。もう1棟は写真の外。
大津波の押し波で、施設の下に瓦礫が集まったと。もちろん、引き波にさらわれた瓦礫は太平洋へ流出し、思い出の回収は全く出来ないことに....(>_<)
公民館跡地方向の拡大です。
各種震災復旧関連工事に加え、三陸道の工事も重なり、ダンプカーなどで混雑しています。土煙を舞い上げながら(>_<)
外尾川右岸(上流側から見て右の岸)の市道です。
震災の被害を残しつつ、復旧名目の巨大建造物が作られて行く違和感....。
この被災した土地に、どんな明るい未来が待っているのでしょうか、教えてください(>_<)
※JR様、この先の高架橋を全部とは欲張りませんので、その2~3スパンを、また陸前小泉駅の残骸を、JRが受けた被害、つまり震災遺構として残して欲しいのです。残すと高架橋の所は通れなくなるので、新たな経路は作らず、立派な国道の橋を利用しては如何でしょうか。高速道も間もなく開通するので、渋滞は無いかと。既に離れた所では改修が進んでいるようですが、国道の橋利用で経費が削減出来、株主にも喜ばれます。また消えゆく気仙沼の震災遺構が残るので、気仙沼のためにも良いかと。どうかひと肌脱いでください(^_^)v
仙台の奥座敷 初冬 20171206/07 [四季の便り 花,植物,農遊]
今日は、ヨコミーです。
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
今日15日は寒さがちょっと緩みました。風は少し。
穏やかでしたが、日差しは午前中がピークで、昼前から雲が多くなりました。
午前中、薄くちょっとだけ日暈が見えました。
大陽の左右を見ましたが、幻日は見えませんでした。
昨日一昨日とふたご座流星群の極大でしたが、残念ながらお天気には今夜も恵まれませんでした。
12月6日・7日、仙台の奥座敷といわれる秋保温泉へ行ってきました。
初冬の温泉三昧ではなく、某お遊び協会も参加する、同業者のお泊まり研修会(^_^;)
※写真はクリックすると大きくなります。
突然に2日目、7日午前6時45分の駐車場です。日の出時刻は過ぎているのですが、水平線上に厚い雲があるのか、暗めです。
カメラはヨコミーの必携品ですが、前夜、カメラは車に置いたまま。なので朝風呂後ではありましたが、駐車場へ行ってみたら、この通り。薄く降雪でした。
雲の合間から月齢18の月が見えました。クレーターが見えます。
いつも使っているズームレンズの望遠端。200mm相当です。皆さんも遊んでください。太陽がまだ低い位置なら写りやすいです。
凡そ東南東でしょうか、とても明るくなってきました。太陽が厚い雲の上に出たようです。
松や杉、常緑樹を除き、木々の葉っぱは殆ど落ちていました。昨日朝、京都辺りでは過ぎた紅葉に雪が積もったようです。こちらはさすがに北国です。
車から戻るとき、後から早足で来た男性から挨拶を受けました。こちらも簡単に返したのですが、どうやら職員さんのようで、裏手に回って行きました。さわやかな挨拶でした(*^_^*)
多分朝7時が出勤なのでしょう。早番さんかな? ヨコミー、こんな時間の出勤は苦手です。もしこの業界に就職するなら、遅番か泊まり専門で(^_^;)
7時47分、部屋から撮影。景色はいいですね。奥座敷に違いない感じ(^_^)v
実は既に朝食を食べてきました。バイキング式です。7時を過ぎて間もなく行ったのですが、大会場は混雑。皆さん早いです。なので空いている主食類から取り、席に置いて戻ってきたら、おかずの周りが空きました。
因みに、料理は個人旅行で利用しているビジネスホテルや公の宿等とは違って、とても豪華、美味しい朝食でした(*^_^*)
食事を終えて出たら、入口外で顔見知りが椅子に座っていました。混雑のため、入場制限されていました(>_<)
何事もタイミングが大切でした(^_^;)
8時45分撮影。素敵な宿です。
9時から2日目の研修が始まるので、着替えなど荷物になる物を置きに、またまた車へ。
青空が広がってきました。
庭園の西には芝生が広がっていました。
太陽が当たってきた所が段々と解けてきました。
午前は早めに研修が終わりましたが、1泊2日の研修はとても参考になりました。
そして素敵な宿でした。が....、
・大浴場の照明がやや暗め。良く言えば雰囲気があると言えるのかも。でも、ホーム
ページにある写真より暗いです。
・露天風呂までがちょっと遠いようで、露天風呂大好きのヨコミーは諦めました。表
示によれば備え付けの衣類を着用して下って行くようです。
・分科会で研修していた気になったのは、会場の天井に付いている照明器具にぶら下
がっている金色のチェーンが、10カ所ほど絡まっていました。私以外に気付いた
方もいました。
この仕切られた会場には10前後の照明器具が有り、それぞれ凡そ25本x25本
x2セットの輝く鎖が垂れ下がっています。
よーく見ると、暖房のダクトが天井に近い高さの壁に有り、ダクト正面の照明器具
から垂れ下がっている金色の鎖を、絶えず風が揺らしていました、というか鎖が
踊っていました。これが絡まった原因かと。
もう1mもダクトを横にずらしていれば、照明器具に温風が当たることは無かった
でしょう。
この会場の設計者は、そんなことを考えなかったのでしょうか。それともコスト削
減のため、ヨコミーみたいな熟慮が足らない人へ下請けに出した!??
それにしても、名のある宿なら、会場使用の直前に見るとか、そんな所にも気を
遣って欲しかった....。
部屋やフロント、料理、職員さん方も素敵なのに、ちょっとだけ残念でした。
なんか余計な所まで研修してきたヨコミーなのでした(^_^;)
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
今日15日は寒さがちょっと緩みました。風は少し。
穏やかでしたが、日差しは午前中がピークで、昼前から雲が多くなりました。
午前中、薄くちょっとだけ日暈が見えました。
大陽の左右を見ましたが、幻日は見えませんでした。
昨日一昨日とふたご座流星群の極大でしたが、残念ながらお天気には今夜も恵まれませんでした。
12月6日・7日、仙台の奥座敷といわれる秋保温泉へ行ってきました。
初冬の温泉三昧ではなく、某お遊び協会も参加する、同業者のお泊まり研修会(^_^;)
※写真はクリックすると大きくなります。
突然に2日目、7日午前6時45分の駐車場です。日の出時刻は過ぎているのですが、水平線上に厚い雲があるのか、暗めです。
カメラはヨコミーの必携品ですが、前夜、カメラは車に置いたまま。なので朝風呂後ではありましたが、駐車場へ行ってみたら、この通り。薄く降雪でした。
雲の合間から月齢18の月が見えました。クレーターが見えます。
いつも使っているズームレンズの望遠端。200mm相当です。皆さんも遊んでください。太陽がまだ低い位置なら写りやすいです。
凡そ東南東でしょうか、とても明るくなってきました。太陽が厚い雲の上に出たようです。
松や杉、常緑樹を除き、木々の葉っぱは殆ど落ちていました。昨日朝、京都辺りでは過ぎた紅葉に雪が積もったようです。こちらはさすがに北国です。
車から戻るとき、後から早足で来た男性から挨拶を受けました。こちらも簡単に返したのですが、どうやら職員さんのようで、裏手に回って行きました。さわやかな挨拶でした(*^_^*)
多分朝7時が出勤なのでしょう。早番さんかな? ヨコミー、こんな時間の出勤は苦手です。もしこの業界に就職するなら、遅番か泊まり専門で(^_^;)
7時47分、部屋から撮影。景色はいいですね。奥座敷に違いない感じ(^_^)v
実は既に朝食を食べてきました。バイキング式です。7時を過ぎて間もなく行ったのですが、大会場は混雑。皆さん早いです。なので空いている主食類から取り、席に置いて戻ってきたら、おかずの周りが空きました。
因みに、料理は個人旅行で利用しているビジネスホテルや公の宿等とは違って、とても豪華、美味しい朝食でした(*^_^*)
食事を終えて出たら、入口外で顔見知りが椅子に座っていました。混雑のため、入場制限されていました(>_<)
何事もタイミングが大切でした(^_^;)
8時45分撮影。素敵な宿です。
9時から2日目の研修が始まるので、着替えなど荷物になる物を置きに、またまた車へ。
青空が広がってきました。
庭園の西には芝生が広がっていました。
太陽が当たってきた所が段々と解けてきました。
午前は早めに研修が終わりましたが、1泊2日の研修はとても参考になりました。
そして素敵な宿でした。が....、
・大浴場の照明がやや暗め。良く言えば雰囲気があると言えるのかも。でも、ホーム
ページにある写真より暗いです。
・露天風呂までがちょっと遠いようで、露天風呂大好きのヨコミーは諦めました。表
示によれば備え付けの衣類を着用して下って行くようです。
・分科会で研修していた気になったのは、会場の天井に付いている照明器具にぶら下
がっている金色のチェーンが、10カ所ほど絡まっていました。私以外に気付いた
方もいました。
この仕切られた会場には10前後の照明器具が有り、それぞれ凡そ25本x25本
x2セットの輝く鎖が垂れ下がっています。
よーく見ると、暖房のダクトが天井に近い高さの壁に有り、ダクト正面の照明器具
から垂れ下がっている金色の鎖を、絶えず風が揺らしていました、というか鎖が
踊っていました。これが絡まった原因かと。
もう1mもダクトを横にずらしていれば、照明器具に温風が当たることは無かった
でしょう。
この会場の設計者は、そんなことを考えなかったのでしょうか。それともコスト削
減のため、ヨコミーみたいな熟慮が足らない人へ下請けに出した!??
それにしても、名のある宿なら、会場使用の直前に見るとか、そんな所にも気を
遣って欲しかった....。
部屋やフロント、料理、職員さん方も素敵なのに、ちょっとだけ残念でした。
なんか余計な所まで研修してきたヨコミーなのでした(^_^;)
やはり冬 雪の季節に... 20171212 [四季の便り 花,植物,農遊]
こんにちは、ヨコミーです。
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
またまた師走休みになってしまいました。すみませんm(_ _)m
先週6/7日は、お遊び協会の研修があり、仙台市の奥座敷・秋保温泉へ。
ん!? 奥座敷とは作並温泉だったか...!??(^_^;) 高級温泉街は、実は馴染みが無いので、知識があやふや....(>_<)
秋保でその昔泊まったのは「ばんじ荘」という健康保険の保養施設。ヨコミーは健保や共済の宿、国民宿舎、ビジネスホテル等安宿がお得意(^_^;)
あっ、仕事の研修じゃないので出費が痛いです(>_<)
そして週末はお勉強のため山形市で宿泊。朝食付きで4000円台(^_^)v
日曜日の、かろうじて午前様にならない時間に帰宅し、そこから翌月曜日午後に使う会議資料作り(>_<) まだ、タフネスヨコミー(^_^;)
月曜日は午後の会議に出す清算金を、銀行へ行く暇も惜しいのでウルトラCを使っての両替。やりくり上手です(^_^;)
そして夜は別な会議へ。
帰宅してから翌日(今日12日)夜の会議資料作り。それは夕方まで掛かり、会議の合間に返信用の封筒に切手を貼り....。
泥縄でしたが、なんとか忙しい1週間を乗り切りました(^_^)v
おかげで気高物理部OB会の忘年会や、以前の勤め先で部下だった若い者のお母さんが亡くなった通夜にも行きかねました(T_T) 後者は近々自宅へ.....(>_<)
3つの会議はお遊び協会の。こんなに忙しいのなら、そろそろハローワークへ行き、バイトでもいいから職を得て、就職しましたからと言って、お遊び協会無給事務を辞めたいところ(^_^;) うーん、でもどうかなぁ....(>_<)
昨日辺りまで、師走とは思えない暖かさでしたが、やはり暦通りに進まないと、季節は気が済まないようですね。
資料作りに疲れ、パソコンをつけたまま練炭のコタツで目覚めた今朝、カーテンを開けたら雪が薄く積もっていました。
防寒着も着ず、玄関を出たら、赤いナンテンの実に白砂糖が掛かったように、雪が積もっていました。
今朝の家庭菜園です。奥は白菜。ビニールで覆った所の1つおいての2つはキャベツ。手前の2列は小泉の従兄弟が持って来た小さな苗。何だったかな....(^_^;)
先日、その苗のいくつかが調子悪いようなので見てみたら、なんとネキリムシにやられ、根が付いていませんでした(>_<)
手前のやや大きな葉は、アイスプランツのような葉の植物。これも何といったか....(>_<)
濃いピンクの....花ではなくて中に実が付いたガクだったような....。
なかなか花まで勉強するヒマがありません(T_T)
シュウメイギクの花が終わり、そこから綿が出ていましたが、その綿にこれまた白い雪がちょっと積もっていました。
花の綿、ヨコミーは好きです。以前の3月か、確か日本綿業振興会?とかいったところが、綿花の種を分けてくれていました。今でもやっているかな?? 欲しい(^_^;)
花材にもあるんですね。でも生け花はやらないので、買ってそのままただ飾ってしまい、種はもう死んでしまったか....(>_<)
そんな小雪が積もった程度の今朝でした。
予報では午後から回復するといっていましたが、結局、太陽は朝にちょっとだけ顔を出した程度で、洗濯物は小雪の中、軒下で干しました(>_<)
国道284号、気仙沼駅前通りに出来た災害公営住宅です。駅の西側です。
雪は朝から少しずつ夜まで舞っていて、そのためか会議の出席者は少なく....。
なんとか会議を早めに終え、帰路、気仙沼駅を過ぎてからパチリ。
降った雪が少ないこともあり、路面の雪は少ないです。まあ路面じゃなくても、ここは岩手の湘南・陸前高田市の南隣ですから(^_^;)
撮影のため車から出たら、お安いスニーカーのためか、靴底がずるりと滑りました。こんな雪の程度でも、運転は要注意です(>_<)
左端の電柱を見てください。雪は左側にのみ付いています。風は左側、ここでは凡そ西風が吹いていたようです。
そう、風もやや強かったのです。
ヨコミー家のアマチュア無線144MHz用のアンテナは、支柱が壊れそうなので車庫の屋根の角に、垂直から35度程度西に傾けて立て掛けておいたら、午後、強風に煽られ、反対側の自宅壁に倒れ掛かっていました。
細いパイプのアンテナ、支柱は太めの竹でしたが、斜めにしていたものを反対側まで倒すとは....。驚いた風圧です。
まあこれも、直ぐ近くで行われている公共工事のおかげかと(>_<)
木を切り倒し、山を削り、隣近所5軒も移転させ、工事は進められています。田舎のコミュニティで5軒とは、大変痛い軒数です。
そこで一句。『コミュニティを 壊して伸びる 三陸道』 おそまつm(_ _)m
20時20分頃に帰宅したら、こんな積雪に。
シュウメイギクは雪の重みか、倒れていました。
これは午後から外へ出したままの車。気温が下がり、車の温度も下がったためか、付いた雪は凍り付き、ブラシでは大して取れませんでした。
なのでさっと払い、必要最低限の窓ガラスを温い湯で解かし、ようやく車庫へ。
真ん中は側溝です。左は休耕の畑地。右の黒い所は舗装した市道。ここの市道はまだ零下になっていないのか、なんとか解けています。
でも、気温は下がる予報なので、朝は凍るのでしょうね。
草などで地熱が伝わらない畑地は、真っ白く積もっていました。
明日朝の通勤は大変でしょう。息子を早く出してやるようです(^_^)v
あっ、ヨコミーも早く寝なきゃ(^_^;)
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
またまた師走休みになってしまいました。すみませんm(_ _)m
先週6/7日は、お遊び協会の研修があり、仙台市の奥座敷・秋保温泉へ。
ん!? 奥座敷とは作並温泉だったか...!??(^_^;) 高級温泉街は、実は馴染みが無いので、知識があやふや....(>_<)
秋保でその昔泊まったのは「ばんじ荘」という健康保険の保養施設。ヨコミーは健保や共済の宿、国民宿舎、ビジネスホテル等安宿がお得意(^_^;)
あっ、仕事の研修じゃないので出費が痛いです(>_<)
そして週末はお勉強のため山形市で宿泊。朝食付きで4000円台(^_^)v
日曜日の、かろうじて午前様にならない時間に帰宅し、そこから翌月曜日午後に使う会議資料作り(>_<) まだ、タフネスヨコミー(^_^;)
月曜日は午後の会議に出す清算金を、銀行へ行く暇も惜しいのでウルトラCを使っての両替。やりくり上手です(^_^;)
そして夜は別な会議へ。
帰宅してから翌日(今日12日)夜の会議資料作り。それは夕方まで掛かり、会議の合間に返信用の封筒に切手を貼り....。
泥縄でしたが、なんとか忙しい1週間を乗り切りました(^_^)v
おかげで気高物理部OB会の忘年会や、以前の勤め先で部下だった若い者のお母さんが亡くなった通夜にも行きかねました(T_T) 後者は近々自宅へ.....(>_<)
3つの会議はお遊び協会の。こんなに忙しいのなら、そろそろハローワークへ行き、バイトでもいいから職を得て、就職しましたからと言って、お遊び協会無給事務を辞めたいところ(^_^;) うーん、でもどうかなぁ....(>_<)
昨日辺りまで、師走とは思えない暖かさでしたが、やはり暦通りに進まないと、季節は気が済まないようですね。
資料作りに疲れ、パソコンをつけたまま練炭のコタツで目覚めた今朝、カーテンを開けたら雪が薄く積もっていました。
防寒着も着ず、玄関を出たら、赤いナンテンの実に白砂糖が掛かったように、雪が積もっていました。
今朝の家庭菜園です。奥は白菜。ビニールで覆った所の1つおいての2つはキャベツ。手前の2列は小泉の従兄弟が持って来た小さな苗。何だったかな....(^_^;)
先日、その苗のいくつかが調子悪いようなので見てみたら、なんとネキリムシにやられ、根が付いていませんでした(>_<)
手前のやや大きな葉は、アイスプランツのような葉の植物。これも何といったか....(>_<)
濃いピンクの....花ではなくて中に実が付いたガクだったような....。
なかなか花まで勉強するヒマがありません(T_T)
シュウメイギクの花が終わり、そこから綿が出ていましたが、その綿にこれまた白い雪がちょっと積もっていました。
花の綿、ヨコミーは好きです。以前の3月か、確か日本綿業振興会?とかいったところが、綿花の種を分けてくれていました。今でもやっているかな?? 欲しい(^_^;)
花材にもあるんですね。でも生け花はやらないので、買ってそのままただ飾ってしまい、種はもう死んでしまったか....(>_<)
そんな小雪が積もった程度の今朝でした。
予報では午後から回復するといっていましたが、結局、太陽は朝にちょっとだけ顔を出した程度で、洗濯物は小雪の中、軒下で干しました(>_<)
国道284号、気仙沼駅前通りに出来た災害公営住宅です。駅の西側です。
雪は朝から少しずつ夜まで舞っていて、そのためか会議の出席者は少なく....。
なんとか会議を早めに終え、帰路、気仙沼駅を過ぎてからパチリ。
降った雪が少ないこともあり、路面の雪は少ないです。まあ路面じゃなくても、ここは岩手の湘南・陸前高田市の南隣ですから(^_^;)
撮影のため車から出たら、お安いスニーカーのためか、靴底がずるりと滑りました。こんな雪の程度でも、運転は要注意です(>_<)
左端の電柱を見てください。雪は左側にのみ付いています。風は左側、ここでは凡そ西風が吹いていたようです。
そう、風もやや強かったのです。
ヨコミー家のアマチュア無線144MHz用のアンテナは、支柱が壊れそうなので車庫の屋根の角に、垂直から35度程度西に傾けて立て掛けておいたら、午後、強風に煽られ、反対側の自宅壁に倒れ掛かっていました。
細いパイプのアンテナ、支柱は太めの竹でしたが、斜めにしていたものを反対側まで倒すとは....。驚いた風圧です。
まあこれも、直ぐ近くで行われている公共工事のおかげかと(>_<)
木を切り倒し、山を削り、隣近所5軒も移転させ、工事は進められています。田舎のコミュニティで5軒とは、大変痛い軒数です。
そこで一句。『コミュニティを 壊して伸びる 三陸道』 おそまつm(_ _)m
20時20分頃に帰宅したら、こんな積雪に。
シュウメイギクは雪の重みか、倒れていました。
これは午後から外へ出したままの車。気温が下がり、車の温度も下がったためか、付いた雪は凍り付き、ブラシでは大して取れませんでした。
なのでさっと払い、必要最低限の窓ガラスを温い湯で解かし、ようやく車庫へ。
真ん中は側溝です。左は休耕の畑地。右の黒い所は舗装した市道。ここの市道はまだ零下になっていないのか、なんとか解けています。
でも、気温は下がる予報なので、朝は凍るのでしょうね。
草などで地熱が伝わらない畑地は、真っ白く積もっていました。
明日朝の通勤は大変でしょう。息子を早く出してやるようです(^_^)v
あっ、ヨコミーも早く寝なきゃ(^_^;)
ヤーコンの収穫(^_^)v 20171202 [四季の便り 花,植物,農遊]
こんにちは、ヨコミーです。
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
今日は12月4日月曜日。目覚めていつものように北の窓から空を見たら、青空が広がっていました。
天気予報は、沿岸の北部は朝から曇りでしたので、ちょっと嬉しくなりました。
でも変なのです。
なんと北の空だけ青空で、残りは雲がいっぱい(>_<)
予報では南の方ほど朝の天気は良い予報でしたのに.....。
多分、ヨコミー家の南側は、雲の通り道になっているのかもしれません。
ヨコミー何番目かの趣味は布団干しです。
ときには、頭上から北は青空が広がっているのに、大陽が在る南側には雲がいっぱい浮かんでいる、流れている....ことがあり、布団に陽が当たらず、青空なのに取りやめるときもあります(>_<)
合併後の気仙沼市で凡そ真ん中に位置する、ヨコミーが住む大谷地区と北隣の階上地区は、西及び北西に割と高い山が在り、その南側を雲が回ってこの辺りを避けて流れているためかと。
そのおかげか、降る雪は市内では少ないです。
雪が舞うまで待っていた訳ではありませんが、12月2日、家庭菜園からヤーコンを収穫しました。
ヤーコンの説明は詳しくは書きません。すみませんがお調べ願います。
簡単に言えば、健康にいいイモで、美味しい食べ物です。
そして殆ど手間いらずで育つので、ヨコミーは10年以上作っています。
※写真はクリックすると大きくなります。
左の列がヤーコン。3株です。右は真面な実が採れなかったトウモロコシの残骸1/2。早く片付けないと....(>_<)
雑草除けと地温を上げるために黒いビニールシート(黒マルチ)を掛けていましたが、シートを切って除け、掘り始めてからブログのネタにしようと気付き....(>_<)
美味しい物も食べかけてから撮影する、無計画なヨコミー(^_^;)
先日の霜で、葉はすっかりダメになってしまいました。
葉はお茶にもなるそうですが、活用していません(>_<)
一番向こう(東)側のヤーコンです。
でも、サツマイモみたいな色をしていました。こんなのは初めてです。
今春買った苗です。
10時過ぎに掘ったのですが、土には小さな霜柱が在りました。
多くはビニールシートが掛かっている土ですが、土中の水分がシートの裏に結露し、それが霜柱の元となったのでは....。
右下の草は名前を知りませんが、シートから露出していた土に生えていました。
霜は何度か降りましたが、元気ですね(^_^;)
真ん中の株です。ヨコミー、今まで育てたのは、この色のヤーコン。
こんな風にぎっしりと根元に付くので、欠いたり剪定ハサミ等でイモを切ります。
でも、サツマイモ風のとはちょっと違う感じです。まあ同じものなのですが、こっちのは隠れています。なぁーんだ? (^_^)v
一番西側の株です。イモは確か一部です。ブログネタ用です。
お気づきでしょうか、サツマイモ風のイモの端に小芋が付いています。
あっ、本当は逆で、株の下に小芋が在り、その先にサツマイモ風のイモが付きます。
小芋の拡大です。
これは来年の種とします。食べるのはサツマイモ風のイモ。
小芋は株の裏側にこんなにも出ます。多産系です(*^_^*)
ただヨコミー、未だにこれを上手く切り離す方法をマスターしていません。
なのでひげ根を切り、湿度がある所で来春まで保管し、芽が出てきた所で株分けします。
このため、精々これから3株4株がいい所です。どなたか上手な分け方を教えてくださいm(_ _)m
まあ、ざらっと見ても20個近く小芋は在りますが、これを全部植えられる訳ではないので、他人にあげるだけ(^_^;)
ヤーコンは、病害虫被害を殆ど経験したことはありません。作り易いです。
と思っていたら、なんと初めての食害でした(>_<)
ちょっと土が付いて見にくくてすみませんが、両側のイモは抉るように食べています。
真ん中は斜めというか削ぐように(>_<)
地表やシートには異常が無かったので、敵は土中を来たと思われます。
目立つ大きな穴は見えなかったので、犯人はモグラでしょうか。
確かにヤーコンは美味しいのです。
ヨコミー家はキンピラとサラダ。
このヤーコン、「イモ」とは書きましたが、生の食感は『梨』そのもの(*^_^*)
そう、ほのかに甘く、シャリシャリなのです(^_^)v
モグラは土中に梨を見つけ、大喜びで食べたことでしょう(^_^;)
残念ながら、これらは廃棄です(>_<)
ちょっと枯れた草があったので引き抜いたら、不思議な物が.....。
なんと小さなジャガイモでした。色を見れば新イモです。晩秋収穫の(^_^;)
何かの本で見ましたが、多分東北地方より南の地域での話だと思うのですが、お盆過ぎに蒔いて11月に収穫するジャガイモがあるとか。これはその例かと(^_^;)
このイモは、昨年7月に収穫から漏れたジャガイモが今春に芽を出し、ヨコミーがダイズやトウモロコシを蒔く際に邪魔となったイモの、またまた収穫が漏れた小芋が、秋の彼岸過ぎに芽を出して作ったイモじゃないかと....(^_^;)
とても可愛いイモなので2日ほど飾り、今宵の味噌汁に入りました(^_^)v
今年の収穫はこれだけでした(>_<) なぜか種の小芋が多いです。
食べる方のイモは、例年だとこの3倍は有ったのでしたが、今年は多忙で管理不十分でした。 まっ多忙とはいえ、時間の使い方が悪いのでしょうけれど....(>_<)
これではどなたにも差し上げられません(T_T)
あっ、種芋で良ければ、興味が有る方に差し上げます。下手な株分けですが(^_^;)
ヤーコン作り、来年はもちっと力を入れてみようと思います。
関係者の皆様、乞うご期待(^_^)v
ここは気仙沼市本吉町風の丘。
今日は12月4日月曜日。目覚めていつものように北の窓から空を見たら、青空が広がっていました。
天気予報は、沿岸の北部は朝から曇りでしたので、ちょっと嬉しくなりました。
でも変なのです。
なんと北の空だけ青空で、残りは雲がいっぱい(>_<)
予報では南の方ほど朝の天気は良い予報でしたのに.....。
多分、ヨコミー家の南側は、雲の通り道になっているのかもしれません。
ヨコミー何番目かの趣味は布団干しです。
ときには、頭上から北は青空が広がっているのに、大陽が在る南側には雲がいっぱい浮かんでいる、流れている....ことがあり、布団に陽が当たらず、青空なのに取りやめるときもあります(>_<)
合併後の気仙沼市で凡そ真ん中に位置する、ヨコミーが住む大谷地区と北隣の階上地区は、西及び北西に割と高い山が在り、その南側を雲が回ってこの辺りを避けて流れているためかと。
そのおかげか、降る雪は市内では少ないです。
雪が舞うまで待っていた訳ではありませんが、12月2日、家庭菜園からヤーコンを収穫しました。
ヤーコンの説明は詳しくは書きません。すみませんがお調べ願います。
簡単に言えば、健康にいいイモで、美味しい食べ物です。
そして殆ど手間いらずで育つので、ヨコミーは10年以上作っています。
※写真はクリックすると大きくなります。
左の列がヤーコン。3株です。右は真面な実が採れなかったトウモロコシの残骸1/2。早く片付けないと....(>_<)
雑草除けと地温を上げるために黒いビニールシート(黒マルチ)を掛けていましたが、シートを切って除け、掘り始めてからブログのネタにしようと気付き....(>_<)
美味しい物も食べかけてから撮影する、無計画なヨコミー(^_^;)
先日の霜で、葉はすっかりダメになってしまいました。
葉はお茶にもなるそうですが、活用していません(>_<)
一番向こう(東)側のヤーコンです。
でも、サツマイモみたいな色をしていました。こんなのは初めてです。
今春買った苗です。
10時過ぎに掘ったのですが、土には小さな霜柱が在りました。
多くはビニールシートが掛かっている土ですが、土中の水分がシートの裏に結露し、それが霜柱の元となったのでは....。
右下の草は名前を知りませんが、シートから露出していた土に生えていました。
霜は何度か降りましたが、元気ですね(^_^;)
真ん中の株です。ヨコミー、今まで育てたのは、この色のヤーコン。
こんな風にぎっしりと根元に付くので、欠いたり剪定ハサミ等でイモを切ります。
でも、サツマイモ風のとはちょっと違う感じです。まあ同じものなのですが、こっちのは隠れています。なぁーんだ? (^_^)v
一番西側の株です。イモは確か一部です。ブログネタ用です。
お気づきでしょうか、サツマイモ風のイモの端に小芋が付いています。
あっ、本当は逆で、株の下に小芋が在り、その先にサツマイモ風のイモが付きます。
小芋の拡大です。
これは来年の種とします。食べるのはサツマイモ風のイモ。
小芋は株の裏側にこんなにも出ます。多産系です(*^_^*)
ただヨコミー、未だにこれを上手く切り離す方法をマスターしていません。
なのでひげ根を切り、湿度がある所で来春まで保管し、芽が出てきた所で株分けします。
このため、精々これから3株4株がいい所です。どなたか上手な分け方を教えてくださいm(_ _)m
まあ、ざらっと見ても20個近く小芋は在りますが、これを全部植えられる訳ではないので、他人にあげるだけ(^_^;)
ヤーコンは、病害虫被害を殆ど経験したことはありません。作り易いです。
と思っていたら、なんと初めての食害でした(>_<)
ちょっと土が付いて見にくくてすみませんが、両側のイモは抉るように食べています。
真ん中は斜めというか削ぐように(>_<)
地表やシートには異常が無かったので、敵は土中を来たと思われます。
目立つ大きな穴は見えなかったので、犯人はモグラでしょうか。
確かにヤーコンは美味しいのです。
ヨコミー家はキンピラとサラダ。
このヤーコン、「イモ」とは書きましたが、生の食感は『梨』そのもの(*^_^*)
そう、ほのかに甘く、シャリシャリなのです(^_^)v
モグラは土中に梨を見つけ、大喜びで食べたことでしょう(^_^;)
残念ながら、これらは廃棄です(>_<)
ちょっと枯れた草があったので引き抜いたら、不思議な物が.....。
なんと小さなジャガイモでした。色を見れば新イモです。晩秋収穫の(^_^;)
何かの本で見ましたが、多分東北地方より南の地域での話だと思うのですが、お盆過ぎに蒔いて11月に収穫するジャガイモがあるとか。これはその例かと(^_^;)
このイモは、昨年7月に収穫から漏れたジャガイモが今春に芽を出し、ヨコミーがダイズやトウモロコシを蒔く際に邪魔となったイモの、またまた収穫が漏れた小芋が、秋の彼岸過ぎに芽を出して作ったイモじゃないかと....(^_^;)
とても可愛いイモなので2日ほど飾り、今宵の味噌汁に入りました(^_^)v
今年の収穫はこれだけでした(>_<) なぜか種の小芋が多いです。
食べる方のイモは、例年だとこの3倍は有ったのでしたが、今年は多忙で管理不十分でした。 まっ多忙とはいえ、時間の使い方が悪いのでしょうけれど....(>_<)
これではどなたにも差し上げられません(T_T)
あっ、種芋で良ければ、興味が有る方に差し上げます。下手な株分けですが(^_^;)
ヤーコン作り、来年はもちっと力を入れてみようと思います。
関係者の皆様、乞うご期待(^_^)v